研究課題/領域番号 |
20K01305
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研究機関 | 西南学院大学 |
研究代表者 |
奈須 祐治 西南学院大学, 法学部, 教授 (40399233)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 人権法 / ヘイトスピーチ / 人権法 / 差別禁止法 / 国内人権機関 / 人権委員会 / 人権審判所 |
研究実績の概要 |
本研究はカナダとオーストラリアを参考にして,ヘイトスピーチに対する人権法型の規制を検討するものである。令和3年度には,オーストラリアとカナダの連邦・州の人権法における,ヘイトスピーチ規制に関する審決・判例の検討を行った。カナダではブリティッシュコロンビア州等の比較的広い規制を行う法域に先例が蓄積する。オーストラリアでは全法域で規制があるが,先例が蓄積しているのは連邦とニューサウスウェールズ州である。これらの先例を広く検討した。過去の公表論文において,既にカナダの連邦・州の先例について,詳しい検討を行っていた(拙稿「カナダの州人権法によるヘイト・スピーチ規制(1)~(3・完)」西南学院大学法学論集50巻2・3号101頁, 50巻4号143頁,51巻1号1頁(2018))。今回の研究では,この論文執筆以降に出された審決・判例を整理し,検討した。オーストラリアの先例については網羅的な検討はできなかったものの,すべての法域の主要な審決・判例を収集したうえで,連邦とニューサウスウェールズ州の審決・判例の詳しい検討を行った。これらの先例の検討を通じて,州のヘイトスピーチ規制に係る管轄の範囲の定め方,違法となるヘイトスピーチの害悪の敷居値の見極め,違法性判断基準の運用,ヘイトスピーチの法規定の限定解釈の手法,抗弁規定の解釈等の論点が存在することが明らかになった。また,学説においては審判・訴訟における当事者の負担の問題が指摘されていた。確かに本研究の過程で,1人の人物が多くの事件の申立てを行っていることを確認できた。また,いくつかの事件はかなり長期間にわたって訴訟が行われていることを知った。この点についてはL.マクナマラやK.ゲルバー等の学説を検討したほか,両国のうち先進的なモデルを提示している,カナダのオンタリオ州等の申立て・訴訟支援の制度に関する文献を参照した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
オーストラリアの先例の数が多かったため,すべての文献を読み込むことができなかったが,必要な資料はほぼ収集し,主要なものは検討を終えることができた。また令和3年度には,オーストラリアの法規制に関して,研究業績を公表することもできた。とりわけ「ヘイトスピーチの人権法による統制の可能性」桧垣伸次・奈須祐治編著『ヘイトスピーチ規制の最前線と法理の考察』(法律文化社,2021)所収では,オーストラリアのヘイトスピーチ規制法の体系について詳しく論じた。本稿においては,オーストラリアの実践を通じて明らかになった人権法型の法規制のメリットとデメリットを整理したうえで,日本への示唆を示した。また,「ヘイトスピーチに対する非規制的アプローチの展開 ―HATE SPEECH IN JAPAN出版以降の動向を踏まえて」法律時報1175号では,日本のヘイトスピーチに対する非規制的アプローチを評価するなかで,人権法による規制の役割と機能について言及した。カナダの法規制については,上述のように既に過去の公表論文で検討を済ませていたこともあり,検討対象の文献はそれほど多くならなかった。以上の理由で,予定していたすべての作業を完了したわけではないものの,本研究はおおむね順調に進展しているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
今後の計画としては,まず令和4年度にオーストラリアとカナダの学説と,両国の政府機関等から出された数多くの報告書の検討を行う。両国の学術論文・報告書は数多いが,網羅的検討が不可能な数ではないので原則として全てを収集のうえ閲読することとする。この研究においては,人権機関が他機関に与える影響に常に目配りし,全体としての統治機構における人権機関の位置づけと機能を考察することを主要な課題とする。次に,最終年度である令和5年度には,本研究の全体的な整理を行うとともに,日本への応用可能性を検討していく。この作業のなかでは,カナダとオーストラリアの法制度を参照しつつ,人権法型のヘイトスピーチ規制に関する日本の従来の議論を批判的に考察する。特に人権擁護法案,川崎市条例案等をめぐる文献を網羅的に検討し,ヘイトスピーチの人権法型規制に関する従来の言説の偏向や欠缺を明らかにしていく。現時点の認識では,日本においても人権法によるヘイトスピーチ規制の余地は(限られてはいるものの)存在すると考えている。作業がうまく進展すれば,令和5年度の後半に本研究の成果を公表することを目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
支出計画に変更があったため,31,846円の次年度使用額が生じたが,翌年度に通信費と図書費として支出する計画である。
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