研究課題/領域番号 |
20K01328
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
林 秀弥 名古屋大学, アジア共創教育研究機構(法学), 教授 (30364037)
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研究分担者 |
平山 賢太郎 九州大学, 法学研究院, 准教授 (20376396)
板倉 陽一郎 国立研究開発法人理化学研究所, 革新知能統合研究センター, 客員主管研究員 (20815295)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 独占禁止法 / 優越的地位の濫用規制 / 消費者法 / プラットフォーム / 信頼(トラスト) / 景品表示法 / データ集積 / 多面市場 |
研究実績の概要 |
デジタル・プラットフォーム(DPF)事業者には、①アーキテクチャの設計者、②情報流通の媒介者、③データの集積者という三つの顔をもつ。以下ではこの三つの顔に留意しながら、DPFと消費者の権利について整理を行った。特に、データの集積者という側面については以下のような問題意識で検討を行った。 DPF事業者と消費者との間のデータの価値の非対称性によって、企業は個人情報等を使って消費者を搾取できる、すなわち、外部選択肢の少ない脆弱な消費者をターゲットに価格(パーソナライズド・プライシング)、サービス、機会の差別化を行う可能性がある。また、消費者のパーソナルデータを活用したマーケティング手法は、過剰な消費行動が行われたり、商品の良質廉価性に基づく購買行動がなされなかったりする等、消費者の消費行動が歪められるおそれがある。さらに、DPF事業者と消費者の情報の非対称性も大きく、DPF事業者との関係において消費者の立場が極めて脆弱であることが挙げられる。個々の一般消費者が、DPF事業者の行動を監視することは難しい一方、DPF事業者が、消費者に関する豊富な情報を収集することで、我々の行動を丸裸にすることは(やろうと思えば)容易である。 このことを背景に、DPF事業者に対する「信頼(trust)」がますます重要になっているとの認識に至った。具体的には、信託法理を援用し、DPF事業者をはじめとするデータ・情報管理者に求める忠実義務(受託者が受益者の利益のためだけに受託者の信託財産を管理する義務)を中心とする信認義務(fiduciary duty)として構成し、当該義務違反に対しては受託者責任を追及することが考えられる。従来の(自己情報コントロール権といった)プライバシー権論から信認義務という義務論へ転換するアプローチが有用なのではないかとの問題意識から研究成果の発表を行った 。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
DPF事業者の情報流通・電子商取引の媒介者としての側面は、取引のデジタル化の進展に伴い、DPF事業者が電子商取引の仲介者として、消費者取引においてその存在感を増している。アマゾンや楽天に見られるように、DPF事業者は自らが販売者(リテール事業)となるだけでなく、DPF事業者として小売事業者の出品を仲介する事業(マーケットプレイス事業)を担っている。この場合、DPF事業者は、出品者と購入者間の取引には直接関与しないとしても,当該当事者間の売買等契約の締結に協力・貢献し、事案によっては、DPF事業者としての注意義務は尽くされない場合もあるのではないか。そしてそういった点について個別に見ていくべきではないか。単なる「場の提供者」として責任を免れるだけの法律構成は消費者取引の実態と乖離しているのではないかと思われる。 このような問題意識から、2020年度日本消費者法学会(報告テーマ「デジタルプラットフォームと消費者の権利――競争法と「信頼(trust)」の観点から」)、アジア競争法学会(報告テーマ「AI, Big Data, and Competition Policy -a Discussion in Japan」))等で研究発表を行った。それとともに、本研究課題の一端は、Steven Van Uytsel氏、John O. Haley 氏とともに、 Edward Elgar Publishing社より、「Research Handbook on Asian Competition Law」と題する研究書(pp.346)を編著・公刊するなかで取り入れることで、本研究課題の研究成果の公表に努めた。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題の今後の推進方策として、まず、2020年度に十分取り上げることができなかった、DPF事業者のアーキテクチャの設計者としての側面を重視して研究を進めることとしたい。DPF事業者は、インターネットの物理的・技術的構造およびその仕様の設計者として、表現の自由をはじめとする個人の基本的自由を、自社の方針に基づいて、時として一方的にかつ不透明な形で広汎に制約するおそれがある。巨大DPF事業者は約款や利用規約といった形でコード(code)を策定し、それを自由に運用する状況にある。DPF事業者は、電子商取引やインターネットでの情報の検索や収集の「場」を提供する存在であるとよく言われるが、そこでいう「場」の提供の意味内容は必ずしも明らかではない。近時活発に展開されているアーキテクチャ論を援用することにより、その「場」の提供の内実を明らかにすることを目標とする。 今後の研究の推進方策の第2の視点は、景表法の重要性とその対処可能性について検討することである。DPF事業者がマーケットプレイス事業を営む場合、商品の売り手は当該DPF事業者ではなく、出品者である(DPF事業者は売買の仲介)。このため、出品者は不当表示を行えば、不当表示の主体として一義的に責任を負うべき。ただし、「仲介」という法形式だけでDPF事業者が責任を免れるとすべきでない。責任配分の問題は、原則として、社会全体の効率性(社会厚生)に影響を及ぼさない(DPF事業者から、責任主体に対する求償が認められればよい)のだから、取引費用の問題や消費者の執行コスト、第一次責任主体(出品者)の無資力リスクに鑑みれば、一定の範囲でDPF事業者にも(場合によっては連帯して)責任を負わせるのが妥当ではないかと思われる。このような問題意識に基づいて、共同研究者との共同研究の深化に努めることとしたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度はコロナ禍によって共同研究に大きな制約が伴った。とりわけ、海外調査渡航自粛、出張自粛に伴って、計上した旅費を中心にほとんど支出できなかった。2021年度はコロナが収束すれば、海外調査研究、共同研究者間のリアルでの研究会を再開したいと考えている。
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