研究課題/領域番号 |
20K01442
|
研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
村上 裕一 北海道大学, 法学研究科, 准教授 (50647039)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
|
キーワード | マルチレベル・ガバナンス / 危機対応 / 説明責任 / 行政の伝統 / ワシントン条約 / ワンヘルス・アプローチ / 公共交通 / ポート・オーソリティ |
研究実績の概要 |
今年度は下記の3つの観点から、マルチレベル・ガバナンスについて研究した。 (1) コロナ危機への日仏両政府の初期対応の比較を踏まえ、①科学的助言者から提供される複数の選択肢から政府が方針を決定の上、それに関し政府が説明責任を果たせる仕組みを構築すべき、②平時と有事の政治家と官僚、行政と司法、内閣と各省の関係は、再考の上、定式化されるべき、③政府の危機管理で重要な、「平時の行政」から「有事の法」への円滑な移行に関しては、政府の緊急措置を直ちに議会がレジティマイズするフランスの仕組みを参考にすべき、と指摘した(『法律時報』)。 (2) ピーターズの「行政の伝統」理論に依拠して、フランス行政の特徴を捉えた。それは、堅固で自律的な有機体と捉える国家観、地方長官や兼職政治家を通じた統一性確保、官僚制の政治化と政治の官僚化、法律主義、管理主義、グラン・コールと天下り、行政官僚制の監察と官僚個人の過失責任の重視である。それに対し、政策評価や公共交通の諸改革、大都市圏や地域圏への分権、燃料税引上げや年金改革への抗議デモ、エリート主義の象徴、国立行政学院の廃止、環境政党の躍進といった最近の出来事が、行政の「革新」たりうるかを検討した(『季刊行政管理研究』)。 (3) ワシントン条約の実施に関し、①規制・警察・税関といった専門行政・司法機関、②横割り法令に基づくそれらの連携・協力、③ワンヘルス・アプローチによる公衆衛生との政策統合の意義を論じた(『環境管理』)。公共交通については、フランス地方都市における無料化策を調査すると共に、北海道で顕在化している諸問題を相対化の上、一般性ある検討を目指し論点整理をした。分権的な日本の港湾管理に関し、「機能」と「領域」の観点から、国際競争力あるポート・オーソリティのあり方を検討した(日本計画行政学会)。アジャイル・ガバナンスの研究にも着手した(日本評価学会)。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
あらゆる行政現象は、グローバル・リージョナル・ナショナル・ローカルの(垂直方向の)多層性とパブリック・プライベートの(水平方向の)多元性の中で、各層が相互作用した帰結だと捉えることができる。この各方向の対立を抑制・協調に向かわせる様々な調整メカニズムは、「マルチレベル・ガバナンス」と呼ばれる。グローバル化の中で、適切なマルチレベル・ガバナンスなき行政は成り立たない。本研究では、国内外の事例を踏まえ「人や組織にどのようなdiscretion(裁量)(と権限)をどう配分すれば、民主的・公益的に望ましい政策を決定・実施できるか」を明らかにすることを目的としていた。 特に今年度は、マルチレベル・ガバナンスというインプットがいかなるアウトプットやアウトカムに繋がったかという因果関係を捉え、ガバナンスを構成する様々な利害関係者(官・民、各政府レベル、縦割り・横割りの各組織など)がどのようにdiscretionをshareしたときに、民主性と公益性の観点からより望ましい政策的アウトプットがなされたかの検討をすることを計画していた。そうしたところ、結果的には、上記の通り、(1)コロナ危機への日仏両政府の初期対応の比較と教訓導出、(2)ピーターズの「行政の伝統」理論に依拠したフランス行政の分析、(3)ワシントン条約実施、フランス地方公共交通、国際競争力あるポート・オーソリティといった事例の研究に、取り組むこととなった。 海外調査には至っていないが、2018年から2020年までのフランス・ボルドー政治学院滞在当時、十分に消化しきれていなかった情報をここで改めて整理し、文献や資料の調査や隣接分野専門家との意見交換、理論的検討を絡めて、いくつかの成果発表に繋げることができた。今年度着手したアジャイル・ガバナンスの小論は、近々紀要に掲載予定である。 以上を総合して、「おおむね順調に進展している」とした。
|
今後の研究の推進方策 |
来年度は本プロジェクトの最終年度に当たることから、当初の計画通り、これまで取り組んできた「マルチレベル・ガバナンス事例での裁量の態様の解明」と「政策のインプットとアウトカムとを繋ぐことによる規範的研究」から得られた知見を基に、成果の社会実装に向けて、望ましいマルチレベル・ガバナンスの条件を示すことを目標としたい。 本プロジェクトでは、これまでに、①上層(例:国際条約・合意)と下層(例:その国内実施)の間で、どちらかを確定的なものとはせず、一定の時間的・空間的幅の中でそれらを調整していく「動態的な政策実施モデル」、②権限と役割と責任についての各層(現場)の自覚を促し、結果として「良き統治」に繋げる「各層への権限配分モデル」、③一元的な政府の決定ではなく、主権者・住民に近い層での意思決定を尊重しつつ、より広い視野と事業者等に対する交渉力を上層(例:広域自治体・内閣)に与え、当事者に緊張感を持たせる「スケールメリット・モデル」の3つのモデルを組み立ててきた。最終年度においては、これらの実現性と他分野への応用可能性を検証する必要がある。 今年度の(1)コロナ危機への日仏両政府の初期対応の比較、(2)ピーターズの「行政の伝統」理論に依拠したフランス行政の分析、(3)ワシントン条約実施、フランス地方公共交通、国際競争力あるポート・オーソリティといった事例の研究成果を踏まえると、これに続く新プロジェクトの立ち上げも見据えつつ、①マルチレベル・ガバナンスの理論と事例の整理・研究、②海外事例を中心とした調査・分析と相互比較、③より一般性の高い行政・組織理論への寄与の整理と、成果の社会実装に向け、民主性・公益性・持続性を兼ね備えるマルチレベル・ガバナンスの条件抽出が、今後の課題となる。国内外の専門家の力も借りつつ、併行して取り組む行政官僚制や政策評価の研究などとの相乗効果が得られるよう工夫したい。
|
次年度使用額が生じた理由 |
パンデミックの余波で先送りせざるを得ない国内外出張やフィールドワークがあった。ついては、最終年度に状況が許せばこれを実施する。海外ゲストの招聘にこれを活用する可能性もある。
|
備考 |
「人口減:教育インフラ 地域に活力」(2023年4月29日、北海道新聞朝刊20面)。討論者(2023年5月14日、2023年度日本行政学会研究会、立命館大学大阪いばらきキャンパス)。討論者(2023年6月4日、2023年度日本公共政策学会研究大会、福島市コラッセふくしま)。「フランスの公共交通無料化:「誰が負担」に一石」(2024年3月16日、北海道新聞朝刊20面)。
|