研究課題/領域番号 |
20K01455
|
研究機関 | 日本大学 |
研究代表者 |
信夫 隆司 日本大学, 法学部, 特任教授 (00196411)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
|
キーワード | 刑事裁判権 / 日米地位協定 / NATO軍地位協定 / 刑事裁判権放棄密約 / 身柄拘束密約 |
研究実績の概要 |
本年度の研究では、米軍の軍人・軍属による刑事裁判権を中心に研究を進めた。その成果として、『米兵はなぜ裁かれないのか』(みすず書房、2021年)という書籍を刊行することができた。 同書は、全体を第一部「変わる地位協定」と第二部「変わらない地位協定」に分け、さらにそれぞれの部を数章から構成したものである。 第一部は、第一章「日米地位協定の運用改善」、第二章「米比軍事基地協定の失効」、第三章「米韓地位協定の改正」から成っている。第二部は、第四章「公務犯罪」、第五章「刑事裁判権放棄」、第六章「身柄拘束」から構成されている。また、終章では、日米地位協定の刑事裁判権条項をどのように変えるべきかを検討した。 本書の特徴は以下である。第一に、NATO軍地位協定をモデルにした現行の日米地位協定の運用状況を説明するだけでなく、1995年以降の日米間の運用改善について、なぜ改善を必要としたのか、どのように運用が改善されたのかを詳述した点にある。第二に、アメリカが他国と締結した米比軍事基地協定、米韓地位協定、ならびに、アイスランド、オランダ、ドイツ等がアメリカと締結した地位協定と日米地位協定を比較し、多角的に地位協定の運用実態を明らかにしたことである。さらに、第三に、裁判権放棄および身柄拘束の実態について、各国の例を比較した点にある。 以上の分析を踏まえ、日本がアメリカと交わした刑事裁判権放棄密約および身柄拘束密約が、アメリカの地位協定をめぐる世界戦略の一環であったことを明らかにすることができた。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「研究実績の概要」で述べたように、2021年9月、『米兵はなぜ裁かれないのか』をみすず書房より刊行した。同書では、刑事裁判権放棄密約および身柄拘束密約がなぜ密約といえるのか、および、刑事裁判権をめぐる地位協定の運用実態を明らかにした。 裁判権放棄密約とは、米兵が犯した実質的に重要な罪を除き、日本側が米兵に対する裁判権を行使しないことを約束したものである。具体的には、「1953年9月29日の行政協定第17条を改正する議定書三に関する合同委員会裁判権小委員会刑事部会日本側代表による発言」という外務省の文書によっている。同文書によると、この発言(発言者は津田實法務省刑事局総務課長)は、あくまでも日本側の政策を一方的に述べたものすぎず、日米間の合意(密約)ではないことを日米両政府は確認している。しかし、この発言がなされた経緯の詳細な分析、ならびに、他国の裁判権放棄の運用実態を分析した結果、この一方的発言が密約であったことを明らかにした。 つぎに、日米地位協定では、米側が罪を犯した米兵の身柄を先に拘束している場合、日本側が起訴してはじめて、その身柄が日本側に引き渡されることになっている。身柄拘束密約とは、日本側が起訴後も米兵の身柄を米側に委ねることを日米間で約束したものである。これも上述の裁判権放棄密約と同時に交わされている。その結果、少なくとも1970年代のはじめころまで、米兵を起訴したとしても、その身柄が日本側に引き渡されなかったことを明らかにした。 以上のように、刑事裁判権放棄密約および身柄拘束密約をとおし、日本側が罪を犯した米兵に対し、地位協定に規定されている以上の特権を与えていた実態を解明できた。
|
今後の研究の推進方策 |
刑事裁判権放棄密約および身柄拘束密約について、日米の外交文書をとおし、密約の存在を証明することができた。今後の研究では、米兵に対する刑事裁判権行使の実態をさらに解明する必要がある。この問題は、米兵による犯罪の被害者にかかわるものであるので、プライバシーに十分に配慮し、研究を進めなければならない。 現在、とくに関心を有しているのは、2011年1月に沖縄で起きた米軍属による交通死亡事故である。この事件では、米軍属は帰宅途上(公務執行上)ということで、交通死亡事故の裁判権は米軍側が行使した。しかし、その内容は運転禁止5年というきわめて軽いものであった。そのため、被害者の遺族が検察審査会に審査の申し立てをおこなった。その結果、検察審査会で「起訴相当」の議決がなされた。再度「起訴相当」の議決がなされると、当該軍属は強制起訴される可能性もあった。 それを回避するため、日米は軍属の公務犯罪に対する運用の改善をおこなった。被害者が死亡したような重大な事案の場合、米軍側は裁判権を行使せず、日本側に裁判権をゆだねることとしたのである。ただし、この事案の前年に岩国で起きた同様の交通死亡事故の場合、岩国の検察審査会は「不起訴相当」の議決をしている。この違いは何によるものかを解明する必要がある。 つぎに、これまでおもに刑事裁判権について研究してきたが、米兵が罪を犯した場合、当然のことながら、損害賠償という民事裁判権・請求権の問題も生じる。そこで、今後、民事裁判権・請求権についても研究を進め、刑事・民事の両面から米兵の裁判権がどのようになっているのかを解明したい。
|
次年度使用額が生じた理由 |
本研究では、当初、米国立公文書館(ワシントンDC)、ジョンソン大統領図書館、ニクソン大統領図書館、フォード大統領図書館といった大統領図書館でリサーチをおこなう予定であった。しかし、コロナ禍の影響で、公文書館および大統領図書館はすべて閉鎖され、利用できない状況にある。そのため、当初支出を予定していた海外出張ができなかったことにより、次年度使用が生じた。 今後は、米軍基地がある沖縄、横須賀、佐世保、岩国等への出張に切り替え、可能なかぎり研究目的の遂行に努める予定である。
|