研究課題/領域番号 |
20K01577
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研究機関 | 高知大学 |
研究代表者 |
山崎 聡 高知大学, 教育研究部人文社会科学系教育学部門, 教授 (80323905)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 厚生経済学 / 功利主義 / 効用の個人間比較 / 平等 / 分配 / ケンブリッジ学派 |
研究実績の概要 |
今年度は,研究事業のテーマに即して,大きく二つの論点を扱った.一つは,ピグーと労働者の厚生,今一つは,効用の個人間比較問題である. ピグーの初期の著作を調べることで,労働者階級に対する彼の見解を概観した.労働者に対しては,かなりの共感があったことを確認した.それに端を発し,ピグーが労働者に対して「人為的高賃金」が社会的にも望ましいと唱えていたことを跡付けた.また,その際に,彼が時代の優生思想固有の社会的淘汰に異議を唱え,貧困層である労働者に対しても福祉政策の有効性を主張していた点を再確認した.それに伴い,平等化処方の根拠を追究し,彼の観念には,平等それ自体の価値と手段的価値という二つの基盤があることを論証した.最終的には,彼の倫理的立場を,通常の功利主義者ではなく,厚生平等主義者として解釈することを提示した. 効用の個人間の比較は科学的には決して証明され得ないというロビンズの主張は,様々な方面に多大な影響を与え,特にピグー流の旧厚生経済学に終止符を打ち,新厚生経済学の誕生をもたらしたといわれている.だが,ロビンズテーゼを精査したところ,さらに再検討すべきいくつかの新しい点が浮上した.なかんずく,効用の個人間比較と万人に平等な効用関数を適用することは科学的ではなく規範的推論に基づいているという彼自身の主張に着目.彼の主張する規範的根拠は一見論理的に強固であると思われたものの,万人に等しい享受能力を規範的に想定することで,平等分配が功利最大化をもたらす,それ故に正当化されるというロビンズの論理は,予め平等が帰結によって支持されるように論点を先取りしていたに過ぎないという瑕疵も考えられる.よって,確かにロビンズの糾弾は,当時の無反省な思索に大きなインパクトを与えたものではあったが,それ自体無謬というわけではなかった.今一度,ロビンズのテーゼを再検証する必要がある.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該年度から,パンデミックの影響,制限がかなり緩和され,それまで行えなかった多くのこと(資料収集,研究報告のための国内外の移動)ができるようになったため,事業の進展としては良好であったと考える.実際に,国際功利主義学会(イタリア・ローマ開催)で研究報告,その一部をフィードバックした論文執筆,それらを支える資料収集もほぼパンデミック以前同様に遂行することができた.
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今後の研究の推進方策 |
直近の予定としては,6月にロンドンで開催される国際功利主義学会で研究報告を行う.ヘンリー・シジウィックの『倫理学の諸方法』出版150周年を記念しての国際会議となる.そこにおいて,ピグーの厚生経済学の基本原理を先取りしたシジウィックの倫理学と経済学に関するプレゼンをする予定である.ピグー厚生経済学の規範的側面に大きな影響を与えたとされるシジウィックの理論を再検討することを通じて,厚生(効用)概念の形成と拡充,変容を捕捉する手掛かりとしたい.
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次年度使用額が生じた理由 |
パンデミックにより,事業全体の前半期間の進行が予定よりも遅れた.そのため,事業全体の期間を1年間延長し,R6年度における,海外での研究報告および国内での研究会参加と報告,資料収集のための予算確保が必要となったため.
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