最終年度の2023年度は、「自由貿易協定の締結による生産立地移転と権限移譲が多国籍企業の法人税回避に与える影響」について改訂作業をすすめ、多国籍企業の利潤と消費者に与える多様な影響を整理した。また「企業内取引価格に対するアンチダンピング(AD)が、多国籍企業の法人税回避行動と各国の厚生に与える影響」について、論文の焦点を明確にするとともに、ADが移転価格の防止政策を歪めてしまうおそれがあることを指摘した。 研究期間全体を通じて、多国籍企業の移転価格と貿易政策の相互依存関係について、多様な側面から分析を実施し、学術的な新規性があるだけでなく、政策含意に富む研究成果をあげることができた。まず、「自由貿易協定(FTA)の原産地規則と移転価格操作に関する分析」では、多国籍企業がFTAによる関税撤廃を法人税回避よりも重視する場合、通常の移転価格操作とは異なり、多国籍企業の利潤が法人税が低い国から高い国へと移転するケースがあることが明らかになった。本研究は国際学術誌に掲載され、同誌の編集者によるEditor's selctionで言及されるなど、注目を集める研究となった。 また、同じく原産地規則の付加価値基準に関する研究として、原産地規則が高価格設定のコミットメントデバイスなることに注目した理論研究を実施した。分析の結果、原産地規則が価格を高止まりさせてしまうため、関税が撤廃されたにもかかわらず消費者が損失を被ることを示した。本研究は、国際学術誌に受理され掲載されている。 さらに、多国籍企業の「FTA利用による関税回避」を目的として生産立地点の移転を行うことを考慮しつつ、FTAの締結が移転価格設定とその厚生効果を再検討する理論研究、「企業内取引価格に対するADが、多国籍企業の法人税回避行動と各国の厚生に与える影響」について理論分析を行い、それぞれ国際学術誌に投稿している。
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