研究課題
本研究では、個人の行動や健康の変化を長期間にわたって把握できるパネル調査を用いることにより、第1に、健康の社会的決定要因(social determinants of health; SDH)が健康に影響を及ぼす経路を分析する。第2に、健康がSDHに及ぼすフィードバック効果を解明する。SDH研究はこれまで、SDH→健康という因果関係の把握に力点を置いてきたが、両者の間の二方向的な性格を重視した分析を行うことを目的としている。初年度に当たる2020年度においては、分析の基礎となる「中高年者縦断調査」の二次利用申請を厚生労働省に対して行い、個票データを入手して解析を開始したところである。さらに、「国民生活基礎調査」等、すでに入手している個票データを用いた分析を進め、その結果を数本の論文にまとめた。2020年度における主要な成果としては、次の3点が挙げられる。第1に、中高年の健康が学歴によってどのように規定されるかを、水準だけでなく変化の方向も分析し、学歴による健康格差拡大傾向を確認した。第2に、夫の引退は妻のメンタルヘルスにマイナスの影響を及ぼすという「引退夫症候群仮説」は日本でも総じて成立するが、引退前の夫婦のライフスタイルにも左右されることを明らかにした。第3に、個人の社会経済的因子(所得や就業形態、学歴等)の影響を制御しても、居住している地域の貧困状況が個人の主観的健康感や生活満足度に無視できない影響を及ぼしていることを、内閣府が行ったインターネット調査で得られた個票データを用いて確認した。
2: おおむね順調に進展している
「中高年者縦断調査」の個票データ入手は当初の計画より遅れたが、利用可能になっている既存のデータを利用することで得られた知見を数本の論文の形にまとめ、発表することができた。さらに、就職氷河期世代の健康問題など、本研究の主要課題に直結する内容を含む単行本『日本人の健康を社会科学で考える』を刊行し、今後の研究を進めるためのスタートラインを設定できた。
「中高年者縦断調査」や独自調査「くらしと健康に関する調査」に基づき、就業行動と健康との関係に関する分析をさらに進める。とりわけ、(1)政府が進めている全世代型社会保障改革が想定している、高齢者の就業促進策の健康への影響や、(2)家族介護者のメンタルヘルスに対する影響を社会関係資本がどのように緩和するかが、当面の分析課題となる。
厚生労働省「中高年者縦断調査」の二次利用申請の承認及びデータ入手がコロナ禍の影響もあり、大幅に遅れたため、予定していた論文執筆が大幅に遅れた。そのため、英文校閲やジャーナル掲載料の支出ができなかった。2021年度は遅れを挽回するため、研究を加速し、英文校閲やジャーナル掲載料の計画通りの支出を目指すこととする。
すべて 2021 2020
すべて 雑誌論文 (13件) (うち査読あり 12件、 オープンアクセス 9件) 図書 (1件)
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