研究課題/領域番号 |
20K01767
|
研究機関 | 信州大学 |
研究代表者 |
廣瀬 純夫 信州大学, 学術研究院社会科学系, 教授 (60377611)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
|
キーワード | 流動性資産保有 / 資金制約リスク / メインバンク / 株主還元 / 自社株買い / 株式持合い / 新型コロナウィルス感染拡大 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は,企業の流動性資産保有の動機を,実証的に検証することにある.令和2年度には,新型コロナウィルス感染拡大の影響に着目した分析を試みて,その結果を「新型コロナウィルス感染大の影響が企業の流動性資産保有行動に与えた影響:上場企業の流動性資産保有に関するパネルデータを用いた実証分析による検証」(信州大学経法学部Staff Paper Series vol.4:20-02 March 2021)として公開した. 金融市場に情報の非対称性が存在し,必要な資金を柔軟に調達できない恐れがあると予想すれば,資金制約リスクに備え,企業自ら現金等の流動性資産を保有する可能性がある.資金制約リスクが顕在化した事例の一つと考えられるのが,新型コロナウィルス感染拡大であり,多くの企業の業績に深刻な影響を与え,売上の大幅な減少など,キャッシュフロー流入に懸念される状況が生じている.そこで,最初の緊急事態宣言が発令される直前の2020年3月時点に着目し,下記の仮説を検証した. 1)メインバンクとの親密な取引関係は資金制約リスクを緩和し,保険的な流動性資産保有を少なくする. 2)株主からの利益還元圧力が強い企業ほど,流動性資産保有が少なくなる. 分析の結果,まず,メインバンクとの取引関係の濃淡が,2020年3月末の流動性資産保有に差異を生じさせる証左は得られなかった.また,2020年3月末で負債比率が高い企業ほど,流動性資産保有が大きくなる傾向にある.負債比率の高さがデフォルトリスクと対応しているとすれば,デフォルトリスクの懸念が大きい企業ほど,流動性資産を確保していたと解釈できる.一方,自社株買いに積極的に取り組んだ企業や,持合い株式比率が低い企業ほど,流動性資産保有が少ない傾向にある.このことは,株主からの利益還元圧力が強く働く企業ほど,過剰な流動性資産保有をし辛いことを裏付けている.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和2年度は,分析するためのデータ整備に重点を置いて作業を進め,日経Needs Cgesのデータを用いて,2006年から2020年にかけて,企業特性に関するパネルデータの構築を行うことができた. その上で,新型コロナウィルス感染拡大が,流動性資産保有に与えた影響を検証することにより,本研究で検証すべき仮説について検討を進めることができ,今後の分析の方針を明確にすることができた.分析の着目点は,2020年に始まった新型コロナウィルス感染拡大が,企業業績に,深刻な影響を及ぼしてきたことである.感染拡大の当初である2020年初頭には,その後の業績への影響を懸念して,予備的貯蓄動機による流動性資産保有行動を変化させた可能性がある.本研究の研究目的で指摘しているように,金融市場に情報の非対称性が存在すれば,必要な資金を柔軟に調達できない恐れがあると予想して,将来の業績悪化による資金制約リスク顕在化に備え,企業自ら現金等の流動性資産を拡大させた可能性がある.そこで,業績悪化の懸念が大きくなった2020年では,他の年と比べて,流動性資産保有行動に変化が起きているか否かを検証した. 具体的には,2020年4月に緊急事態宣言が発令される直前の3月末の行動に着目し,3月末を決算日とする上場企業を対象に,2017年~2020年の3月末のパネルデータを用いて,流動性資産保有行動に影響を与える要因について,分析を行った.従来,日本の金融市場では,情報の非対称性の問題を軽減するために,メインバンクとの取引関係を構築し,資金制約リスクへの保険機能をメインバンクが果たしていると指摘されていた.この場合,企業自らが,流動性資産を保有して,資金制約リスクへ備える必要性は低くなるはずである,ところが,メインバンクからの借入金依存度を尺度としたメインバンクとの取引関係の濃淡が,2020年3月末の流動性資産保有に差異を生じさせる証左は得られなかった.
|
今後の研究の推進方策 |
まず,令和2年度に整備したパネルデータを用いて,2006年から2020年の期間で,流動性資産保有行動に影響を与える要因について分析を進める.この期間には,2008年のリーマンショックの影響による企業業績悪化も含まれる.そこで,業績悪化が懸念される事例として,新型コロナウィルス感染拡大の影響と比較して,傾向の違いを検証した上で,差異をもたらす要因について検討する. また,先行研究では,米国のデータを用いて,資金制約に直面している企業ほど,現金保有を増やすことの価値が大きいと株式市場が評価していることを示していることを考慮して,日本企業の事例で,流動性資産保有と市場評価との関係を検証する.具体的には,2020年3月時点での流動性資産保有レベルに応じて企業を分類し,2020年4月以降の中期的な株価変化の動向を,グループごとに,Fama-Frenchの3ファクターモデルを用いた中長期的な株価パフォーマンスの手法によって検証を行う. もう一つの研究課題は,流動性資産保有行動とメインバンク取引との関係である.令和2年度の分析では,両者の間で,明確な関係を見出すことができなかった.しかし,業績悪化懸念がデフォルトリスクを拡大したと考えると,デフォルトリスクへの備えは,流動性資産を保有すること以外に,予め負債比率を低下させるという手段も考えられる.実際,2020年3月には,メインバンクとの取引関係が希薄な企業ほど,負債比率が低くなっている.逆に言えば,メインバンクとの親密な取引関係があれば,資金制約リスクが緩和されるために,負債比率低下などの方策を講じる必要が少ないとも考えられる.このことから,メインバンクとの取引関係は,依然として,企業の資金制約リスクの緩和に一定の役割を果たしている可能性がある.そこで,デフォルトリスクへの対応として,流動性資産保有以外の方策を考慮することで,メインバンク取引の役割を,再検討する.
|
次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウィルス感染拡大の影響によって,学会や研究会への参加等ができなくなり,旅費の支出が生じなかった.このため,必要なデータを購入に支出をして,分析データの整備などを進めたが,8,667円だけ,次年度使用額が生じることとなった. 令和3年度使用額1,000千円のうち,人件費・謝金に200,000円を支出する予定としているが,次年度使用額8,667円もこれに加え,208,667円とする.これにより,リサーチアシスタントによる分析用データの整理作業を充実させ,実証分析結果の頑健性チェックなどを,より精緻に実施する予定である.
|