研究課題/領域番号 |
20K01767
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研究機関 | 信州大学 |
研究代表者 |
廣瀬 純夫 信州大学, 学術研究院社会科学系, 教授 (60377611)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 流動性資産保有 / 資金制約 / フリーキャッシュフロー仮設 / エントレンチメント / メインバンク / 利益還元 / 社外取締役 |
研究実績の概要 |
本研究では,企業の流動性資産保有行動の動機として,資金制約への保険的役割として肯定的な側面と,フリーキャッシュフロー仮説に由来する経営者のエントレンチメント(保身)を助長する否定的な側面の双方について,2006年から2019年の上場企業のパネルデータを用いて検証した.その分析結果を,2021年度「第15回地域金融コンファランス」で,「企業の流動性資産保有行動に影響を与える要因および新型コロナウィルス感染拡大の影響が流動性資産保有行動に与えた影響:上場企業の流動性資産保有に関するパネルデータを用いた実証分析による検証」として,研究発表を行った.検証した仮説は,以下の通りである. 1)「資金制約への保険的役割」について,メインバンクとの取引が希薄な場合,資金制約に直面した際に銀行に頼ることができないことから,自ら流動性資産を保有することで備えている可能性がある. 2)「経営者のエントレンチメントの助長」を回避するための経営者への規律付けの観点から,「株主への利益還元圧力が高い」場合ほど,流動性資産保有が少なくなる可能性がある. 1)について,メインバンクからの借入金依存度(メインバンクからの借入金/借入金総額)を尺度としてメインバンクとの取引関係を捉えた場合,メインバンクからの借入金依存度が高くなるほど,流動性保有比率が低くなる傾向にある.つまり,メインバンクへの依存度が低い企業は,自ら流動性資産を保有して,資金制約リスクに備えていると考えられる. 2)について,株主への利益還元に積極的な企業ほど流動性比率は低くなり,予想と一致した結果となった.一方,企業外部からの経営監視の尺度とした社外取締役比率が高くなるほど流動性比率が高くなる傾向にある.このことは,流動性保有を高くする必要がある場合,モラルハザードの懸念払拭のため,社外取締役を積極起用して経営監視を強化していると解釈できる.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和3年度には, 2020年に始まった新型コロナウィルス感染拡大を,資金制約リスクが顕在化したタイミングと捉え,企業の流動性資産保有行動について,2020年3月時点で,2019年以前とは異なる傾向が現れていないかを検証した.分析結果は,以下の通りである. まず,企業間信用への依存度が高いことは,金融機関等からの資金調達が困難である可能性を示唆し,資金制約が厳しく,保険としての流動性資産保有の必要性が高いと考えられる.分析結果では,2019年以前では,負債に占める企業間信用の割合が高い企業ほど,総資産に対する割合で測った流動性資産の保有比率は低くなる.ところが,資金制約リスクが顕在化した2020年3月には,逆に,企業間信用の割合が高い企業ほど,流動性資産の保有比率が高くなっている. 2020年3月時点で,企業間信用への依存度が高い企業が,前年よりも流動性比率を引き上げる傾向にあったことは,近い将来に資金制約リスクに直面する可能性が高いと感じ取った結果と解釈できる. また,社債市場など金融機関借入以外のチャネルへのアクセス可能な企業は,情報の非対称性の度合いが低く,資金制約リスクが小さくなり,流動性資産保有の必要が少なくなる可能性がある.実際,分析結果では,社債市場へのアクセスが比較的容易ではない企業ほど.2020年3月時点で,流動性比率のレベルが他の年よりも高くなる傾向を確認できる. この他,総資産成長率が高く,投資に積極的な企業ほど,流動性比率の水準は低くなる.さらに,総資産成長率が高いと,2020年3月には,流動性比率が低くなる傾向が,一層強くなることを確認した. 上記の分析から,資金制約リスクが顕在化した2020年の流動性資産保有に関する特徴を確認するとともに,2019年以前の流動性資産保有に関する傾向を把握できた.
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今後の研究の推進方策 |
本研究のテーマは,企業の内部留保蓄積動機を実証的に検証した上で,制度改革等の規制変更が現金等資産保有行動を変化させた可能性を検討することにある.内部留保は,利益の中で配当に回さない資金であり,その蓄積は,株主への利益還元にどのように取り組むかという課題と密接に関連する.そして,近年の企業の利益還元姿勢については,2014年のスチュワードシップ・コード(機関投資家の行動原則)の制定,および2017年の改訂による機関投資家の行動変化が,大きな影響を及ぼした可能性がある.スチュワードシップ・コードの制定は,企業内の流動性資産の効率的活用を促すため,投資家による市場からの圧力を求めたものともいえる.したがって,本研究の主要な研究対象の一つである,経営者のエントレンチメント(保身)を目的とした流動性資産保有に影響を及ぼした可能性がある. そこで,令和4年度の研究では,2014年のスチュワードシップ・コードの制定,および2017年の改訂の影響を考慮し,その前後での流動性資産保有行動の変化を検証する.具体的な分析内容は,まず,機関投資家比率,持合い株式比率といった株主構成の指標と,株主への利益還元(配当・自社株買い)との関係を確認する.その上で,この関係が,2014年の前後で変化していないかを検証する.さらに,これまでの分析では,株主への利益還元と流動性資産保有の関係について,上記の研究実績で述べた通り,「株主への利益還元に積極的な企業ほど流動性比率は低くなる」傾向を確認している.そこで,令和4年度には,2014年前後でこの傾向を比較することで,両者の関係を再検討する.上記の分析を踏まえ,流動性資産保有および株主への利益還元と,トービンのQ等で測った企業価値との関係を検証し,スチュワードシップ・コード制定の影響を検討する.
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