研究課題/領域番号 |
20K01767
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研究機関 | 信州大学 |
研究代表者 |
廣瀬 純夫 信州大学, 学術研究院社会科学系, 教授 (60377611)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 流動性資産保有 / フリーキャッシュフロー仮説 / エントレンチメント / スチュワードシップ・コード / コーポレート・ガバナンスコード / 資金制約 / 機関投資家 |
研究実績の概要 |
令和4年度は,企業の流動性資産保有行動の動機として,資金制約への保険的役割として肯定的な側面と,フリーキャッシュフロー仮説に由来する経営者のエントレンチメント(保身)を助長する否定的な側面の双方について,2006年から2021年の上場企業のパネルデータを用いて検証した. 前者の資金制約への保険的役割については,近い将来の資金需要に備えて流動性資産を保有する可能性を,流動性比率への影響要因に,前期末の流動性比率を説明変数として用いたダイナミックパネル分析による検証を行ったが,具体的な資金支出を見越して流動性資産を保有している証左は得られなかった. 後者のエントレンチメントの問題については,2014年に策定されたスチュワードシップ・コード,2015年に策定されたコーポレート・ガバナンス・コードによってガバナンスが変化した影響を考慮した検証を行った.まず,株主への利益還元の積極性については,予想に反し,手元流動性を株主に還元することに積極的な企業ほど,流動性保有も多いという結果になった.ただし,そのような傾向は,両コード策定以降のサンプルでは,確認できなかった.また,機関投資家の持ち株比率の影響については,予想通り,両コード導入前のサンプルでは負で有意になり,過剰な流動性保有を抑制する方向に影響している.しかし,導入後のサンプルでは,有意な影響を確認できない.さらに,機関投資家の持ち株比率の株主還元率への影響を確認すると,導入前では,明確な機関投資家持ち株比率の影響を確認できない一方で,導入後では,直観に反する形で,機関投資家持ち株比率の係数が負で有意になっている.上記の結果から,スチュワードシップ・コード,および,コーポレート・ガバナンス・コード策定以降,機関投資家が,企業経営に関与する姿勢は変化した可能性が高い.具体的にどのような行動変化が生じているかは,今後の検討課題である.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
企業の流動性資産保有動機を検討する本研究では,具体的な動機として,資金制約への保険的役割として肯定的な側面と,フリーキャッシュフロー仮説に由来する経営者のエントレンチメント(保身)を助長する否定的な側面に注目して,実証的に検証を行ってきた. 保険的役割については,メインバンクからの借入金依存度が高くなるほど,流動性保有比率が低くなる傾向にあるなど,メインバンクは,資金制約リスクへの保険機能を期待されていることを確認した.逆に言えば,親密なメインバンクを持たない企業では,自ら流動性資産を保有することで,資金制約リスクに備えていると考えられる. 一方で,経営者のエントレンチメントを助長する可能性については,機関投資家による経営への規律付けを切り口とした分析を進めてきた.分析に際して留意したのは,スチュワードシップ・コードおよび,コーポレート・ガバナンス・コードの策定によってガバナンスが変化した影響を考慮することである.分析結果では,機関投資家の持ち株比率の高さは,両コード導入前のサンプルでは負で有意になり,過剰な流動性保有を抑制してエントレンチメントを防ぐ方向に影響している.しかし,導入後のサンプルでは,有意な影響を確認できない.さらに,機関投資家の持ち株比率の株主還元率への影響は,導入前では,明確な機関投資家持ち株比率の影響を確認できない一方で,導入後では,直観に反する形で,機関投資家持ち株比率の係数が負で有意になっている.スチュワードシップ・コード策定により,機関投資家は,企業経営への積極的な規律付けを求められるようになったが,その結果,表面的な利益還元とは異なる方向で,経営への介入を強めている可能性も考えられる.こうした変化を正確に捉えるには,投資家による規律付けと,流動性資産保有との関係について,因果関係を特定できる分析が必要であり,延長して研究を続けることとした.
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今後の研究の推進方策 |
「現在までの進捗状況」で記載した通り,これまでの分析で,2014年のスチュワードシップ・コード,および,2015年のコーポレート・ガバナンス・コードの策定後には,機関投資家による経営者への規律付けが,企業の流動性資産保有行動へ及ぼす影響が変化している可能性が考えられる. ただし,機関投資家による規律付けが,企業経営に及ぼす影響は,単純に,機関投資家の存在の大きさと,流動性資産保有状況や企業価値などの経営指標との関係を確認するだけでは,明らかにすることができない.ガバナンスが適切に機能している企業だから,機関投資家の投資対象になっているという,逆の因果関係も考えられる. そこで,延長した期間で,企業のガバナンス構造に着目した分析を実施する.持合い比率が高く,本来ガバナンスが弱い企業の場合,スチュワードシップ・コード導入による機関投資家からの規律付け強化の影響が,他の企業より顕著に現れる可能性がある.そこで,持合い比率の高低で企業をグループ分けし,各グループについて,機関投資家持ち株比率の多寡と,流動性資産保有状況,そして企業価値との関係を検証する.持合い比率が高く,規律付けが弱い企業群で,機関投資家の存在によって,過剰な流動性資産保有が抑制されていたり,企業価値改善効果をより強く確認できたりすれば,機関投資家によるガバナンス効果の証左になる.その上で,両コード導入前後での傾向の差異を確認し,両コード導入の効果を検討する. なお,「現在までの進捗状況」で記載した,これまでの研究成果を取りまとめ,2023年6月中を目途に,信州大学のStaff Paper Seriesで公表し,その後,学術誌へ投稿する予定である.また,上記のガバナンス構造に着目した分析については,2024年3月までに,信州大学のStaff Paper Seriesで公表した後,学術誌に投稿する方針である.
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次年度使用額が生じた理由 |
「今後の研究の推進方策」で記載した通り,これまで実施してきた分析内容に,企業のガバナンス構造に着目した追加分析を行う.追加分析を行う理由は,機関投資家の存在が,企業の流動性資産保有行動を変化させたのか,あるいは,ガバナンスが優れている企業で,過剰な流動性資産保有が無いために,機関投資家の投資対象となったのかを,区別できないからである.このために,「規律付けが原因となって,流動性資産保有行動が変化する」という本研究の主張の裏付けとして,これまでの分析結果は,論拠として不十分である.そこで,機関投資家による規律付けの影響を確認するため,持合い比率の高低で企業をグループ分けして,ガバナンス構造が強い企業群と弱い企業群を比較する分析を実施する.このために,追加データの整理・収集を行うリサーチアシスタントを雇用する費用として,次年度使用額38,666円を支出する予定である.
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