令和5年度は,令和4年度に取り組んだ,企業の流動性資産保有行動の動機についての分析結果を,公刊論文とする準備を進めた.分析のポイントは,保有行動の動機について,資金制約への保険的役割として肯定的な側面と,フリーキャッシュフロー仮説に由来する経営者のエントレンチメント(保身)を助長する否定的な側面の双方に着目し,2006年から2021年の上場企業のパネルデータを用いて検証したことである. また,本研究で用いた企業価値の変化を検証する手法について,訴訟における企業価値変化を判断する術となる可能性を論じた論文「株式買取請求における「公正な価格」と統計的手法」を,法律系の専門誌「ジュリスト」に掲載した. その上で,研究内容を発展させる分析へ着手した.具体的には,上記の経営者のエントレンチメント(保身)を助長する否定的な側面への政策対応として,2014年に策定されたスチュワードシップ・コードが,機関投資家による経営監視を強化してエントレンチメントの問題を緩和し,企業価値の改善に貢献したか否かを検証することである. 機関投資家による規律付けが企業価値に及ぼす影響は,単純に,機関投資家の存在の大きさと,企業価値の指標との関係を確認するだけでは明らかにできない.ガバナンスが適切に機能している企業で企業価値改善を期待できるから,機関投資家の投資対象になるという,逆の因果関係も考えられる.そこで,スチュワードシップ・コードとほぼ同じタイミング(2015年)に導入されたコーポレートガバナンス・コードによる外生的なガバナンス上の変化を利用して,“差の差の分析”で,スチュワードシップ・コード導入の効果を識別する分析を考案した.令和5年度中には,分析を完了することができなかったため,令和6年度以降,継続して研究を進めている.
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