研究課題/領域番号 |
20K01780
|
研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
戸村 肇 早稲田大学, 政治経済学術院, 教授 (90633769)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
|
キーワード | 決済システム / 債務履行手段 / フィンテック / 暗号通貨 / 民間通貨 |
研究実績の概要 |
本プロジェクトの研究トピックの一つである「企業間信用での現金決済の必要性」について、"Nominal contracts and the payment system"(単著)を著し、国際学術誌であるThe Japanese Economic Reviewに受諾された。
この論文では、貨幣の必要性を従来の理論のように信用取引を置き換える交換媒体(medium of exchange)と位置付けるのではなく、財の質の評価についての裁判所の能力の限界から名目契約の必要性を導いた上で、企業間信用の債務履行手段として貨幣を位置付けることに成功した。その結果、貨幣取引を信用取引の代替として説明する既存の経済学の貨幣論では説明できない、現実経済での財市場での信用取引と貨幣流通の併存、名目債務(信用取引と貨幣取引の結合)の存在を説明できることを示した。その上で、中央銀行による弾力的な貨幣供給と、中央銀行が発行する貨幣の債務履行手段としての強制通用力という現代の決済システムの二つの大きな特徴の必要性を理論モデルの中で内生的に説明することに成功した。
この理論から導かれる知見としては、まず、既存の経済学の貨幣論では説明できない「主権国家が領域内で流通する貨幣を発行する」という広範な観察事実については、裁判所が領域内でしか強制力をもたないことと、その裁判所で強制通用力を持つ通貨が国内法で定義される必要がある点から説明できる。よって、暗号通貨のような民間通貨が国内で流通するには、裁判所での強制通用力と財務的制約を受けずに民間通貨を弾力的な供給できる機関が必要になるが、法律的な基礎付けが必要になるため、技術革新が起こると自然と主権国家が発行する法定通貨を民間通貨が駆逐することはないだろう、ということになる。これらは現在の日本社会で決済システムについて問われている問いに、理論的裏付けをもった明確な回答を与えるものである。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の予定通り、「企業間信用での現金決済の必要性」のトピックについては、2020年度中の論文の国際学術誌での発表に成功した。また、現在の日本社会にとって重要な課題である決済システムの行方の見通しについて、既存の経済学の限界を破り、貨幣を債務履行手段として位置付ける理論を構築することで、主権国家と貨幣の関係など、実務上有用な点について、理論と制度実務の両方の裏付けのある見通しを立てることに成功した。
|
今後の研究の推進方策 |
もう一つのトピックである「社会的な有用な複数通貨の在り方」については、本研究に対する国内の経済学者のコメントを踏まえると、経済学者の中の貨幣観が、金貨のような物質(の代替物)が経済の中をぐるぐる回るという的外れなものであるため、実際に複数通貨を社会で実装して有用性を見せないと経済学者の内輪での評価を得て国際学術誌に載せることはできないと感じているが、経済学者の中でまず評価されないと、経済理論が社会的なインパクトを持ちにくいという鶏と卵の問題があると感じている。このような問題が起きるのは、自然科学とは異なり、経済学では予測など研究の再現性を軽視するため、上述の貨幣観のような経済学者の中の思い込みがずっと解消しないのが理由である。
一方、「企業間信用での現金決済の必要性」というトピックについて、日本の生産性成長の鈍化の分析への応用が可能である可能性があるので、その可能性の追求を行う。具体的には、日本の生産性成長率は1970年代と1990年代に大きな永続的低下を見せたが、これらは国債の大量発行と軌を一にしている。この相関については、決済システムの仕組みを踏まえると、国債の大量発行による企業の内部留保の増加と銀行の信用創造機能の低下が経済の生産性を低下させるという因果関係として説明できる可能性がある。本年は本プロジェクトの「企業間信用での現金決済の必要性」というトピックの続きとして、このような日本経済への応用の可能性を探る。
|
次年度使用額が生じた理由 |
コロナ危機により、出張がなく、旅費の使用がなかった。また、物品の購入についても既存の設備を使い更新しなかったものが多かった。次年度では、高性能ラップトップの更新が必要になるので、研究に必要な物品の購入と、また、論文が国際学術誌に掲載された場合のオープンアクセス費に充てる予定である。出張については引き続き取りやめになると見込んでいる。
|