研究課題/領域番号 |
20K01804
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研究機関 | 一橋大学 |
研究代表者 |
友部 謙一 一橋大学, 大学院経済学研究科, 教授 (00227646)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 身体成長 / 体格 / 栄養 / 産業化 / 乳幼児死亡 / 都市化 |
研究実績の概要 |
本研究では、近代日本の都市における産業化や都市化という大きな変化が、世帯を行動単位とする社会において、その最下層に位置する子供たちの健康へどのように影響したのかを、学童の身体状況(身長や体重など)や乳幼児の疫学的状況(乳幼児死亡や疾病など)を、明治の学校令以降各尋常および尋常高等小学校で作成された学籍簿を使い、明らかにすることを目的としている。 また、本研究では世帯が都市化や産業化を受け止める砦として機能したと考えたうえで、上記の分析を通じて、近代日本の都市に居住する世帯に成育した乳幼児・学童の身体生理学的変化と社会のマクロ経済的な変動の関係を明らかにできると確信している。 2021年度の研究成果をまとめると、「世帯としての生活水準」(世帯の底力)の概念把握とその計量化を大きな研究課題とした。近代になって東京や大阪の大都市に忽然と姿をあらわした「細民」(明治末期から大正初期に行政用語として使われはじめ、一貫したものではないが、意味としては貧困でありながら住居に定住している人びと)の生活水準とは何であり、どのように計測されうるのかについてである。社会科学では伝統的に2つの貧困論が主流となってきた。ひとつは、所得水準を基準としたブースの階層論であり、別のひとつは生活費によるラウントリーの最低生活費論である。どちらも一長一短があるが、ここでは1930年代初頭の東京市内の某細民地区のデータ(約180世帯の訪問調査結果)を使って、所得水準と生活費(栄養摂取カロリーで換算)の両面から、その貧困度を観察・分析した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
コロナ禍には相変わらず資料収集に大きな影響を受けたため、新規の資料収集(資料館を訪問し、史料内容を筆記ないし可能なものはカメラ撮影し、デジタル化を行う)は一時停滞せざるを得なかった。しかし、その一方で、本務校の図書館や研究施設に既に所蔵されている内容的に親近性のある資料を探索、発見し、それらのデータ化やデジタル化を進め、安定的な研究成果をおさめることができたと考える。 具体的には、一橋大学経済研究所図書館に所蔵されている「東京市内某細民地区における栄養調査」(1931年公表、『東京市衛生試験所報告学術報告第7回』巻末資料)である。この資料は、昭和5(1930)年の東京市小石川区白山御殿町に存在した細民地区の実態調査であり、約180世帯について担当の調査員が各世帯を毎日訪問し、調査事項を見聞して記録したものである。東京市はこの資料を細民の生活における様々なデータを実地で調査し、救済事業策定のための基礎資料とする目的で作成した。そのため、調査事項は多岐にわたり、年齢別家族構成人員、栄養素摂取量、疾病の状況、世帯主の職業、家計収支、住居、歯科、妊娠数、出産数、乳幼児死亡数などが記載されている。当該資料は特にデータの正確性で他の資料よりも客観性の高いものになっている。 2021年度の後半は、この資料のデータデジタル化を進め、同時に簡単な統計分析を施した。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究推進の方策であるが、あくまでも本研究が当初から主目標にしている社会経済史研究にふさわしい身体体格研究の方法論と近代日本の都市を舞台とした独自の分析枠組を構築するために、当時の医学・公衆衛生学での同種の研究を精査し、本研究の分析課題と綿密に組み合わせることを目標にしている。 まず、事情が許す限り、近代大阪(現在の大阪府大阪市曾根崎)に残された学籍簿(小学校単位で調査・集計されている学童の教育・成長に関する総合記録)に含まれる身体・帰属世帯に関する記録を、今後の同種史料にさいしても利用可能な入力プラットフォームを開発しつつ、デジタル情報にして蓄積する(データファイルの作成)。さらに、作成したデータファイルに基づき、当該学童の個別の身長成長経路を集計したコーホート(出生・入学)別の集計ファイルを作成し、全学童を対象とした全体シートとともに、それぞれの記述統計を整備したうえで、個別分析課題の分析・考察をしたい。 本研究の主要な史料である曾根崎尋常小学校学籍簿の整理であるが、学籍簿はこれまで歴史研究で積極的に活用された史料ではないが、学童の生活・成育環境を推し測るうえで、有意義な情報を含んでいる。しかし、同時に学籍簿に含まれる情報のほぼすべてが、学童及びその家族(親族)あるいは世帯に関する個別情報であり、その秘匿性は研究に際して最優先されるべきであると考える。この研究推進を第一に行いたい。 しかし、万一、コロナ禍により資料収集などに影響を受ける場合には、本年度に研究整備を行った東京市内の「細民」世帯の人口学的・栄養学的研究と農村部の農家の同種の研究の融合と比較を進めることにしたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
国際学会報告のための海外出張をを予定していたが、オンライン会議へ変更となったため。2022年度の使用計画において、2023年3月開催予定のEuropean Social Science History Associationによる国際会議への論文参加が認められれば、その渡航費用に充当したい。
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