研究課題/領域番号 |
20K01807
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研究機関 | 和歌山大学 |
研究代表者 |
今田 秀作 和歌山大学, 経済学部, 教授 (60201943)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | インド / 植民地 / 幣制 / 金本位制 / 金為替本位制 / 貨幣供給 / 貨幣流通 / ソブリン金貨 |
研究実績の概要 |
本研究の課題は、研究史上「金為替本位制」として観念されることの多いインド植民地幣制の第一次大戦期および戦間期における動態的変化を解明することにあるが、本年度は第一次大戦直前の時期を対象に、インド国内における貨幣の供給および流通構造の変化を分析し、当該期の幣制改革の背景を探った。本研究で用いた最も主要な史料は、現地の通貨管理局が作成した報告書(M.F.Gauntlett, Report on the Operations of the Currency Department 1912-13, H. F. Howard, Report on the Operations of the Currency Department 1913-14)である。本研究では、主要な貨幣種類としてルピー銀貨・ソブリン金貨・紙幣を区別し、また貨幣機能として取引媒介機能、徴税による貨幣移動、貨幣蓄蔵を区別した。次にインドの地域的相違と農業サイクルに沿った季節的な変化に即して考察した。本研究では、インドの通貨供給メカニズムを解明しつつ定量的分析を行い、民間貨幣流通額の拡大をもたらす要素としてソブリン金貨輸入の役割が大きく、大戦直前の2カ年のいずれでも、ソブリン金貨の流通増加額はルピー銀貨と紙幣のそれを上回ったことが分かった。地域的に見ると、パンジャブ・ボンベイ周辺・カルナータカ・連合州など、小麦や棉花等の商品作物栽培が盛んで経済的繁栄を享受している地域ほど、金貨の取引通貨としての利用が進み、金貨は普及において紙幣と競合しつつ、両者の普及により銀貨の利用が減少していることが実証された。私は現在これらの検討結果を踏まえて、「第一次大戦直前インドにおける貨幣の供給・流通構造の変化」と題する論文を執筆中であり、まもなく学術誌に投稿するつもりである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
従来軽視されてきたインド植民地幣制における金の役割に止目するという本研究の立論に関わって、私はすでにインド外国貿易における金決済のメカニズムと金流入の実態、および輸入された金の国内配分の入口であったボンベイ地金市場の構造を解明し、かつインド幣制が一義的に金為替本位制と理解されるべきではなく、それは古典的金本位制(金貨本位制)の要素を多分に含んだ、両者の独自な複合形態であることを論証してきた。こうした研究の進展を踏まえて、本年度私は、当該期インド国内における貨幣の供給・流通構造を分析し、大量に輸入されたソブリン金貨がインド貨幣供給に重要な役割を果たしたことを明らかにした。まず金貨はインド当局によって大量に公衆に供与され、インド省手形決済と並んで貨幣供給の最大の源泉となりつつ、貨幣供給への付加額においてルピー銀貨と紙幣のいずれをも上回った。次に経済先進地域ほど、金貨の取引通貨としての利用が拡大し、他面でルピー銀貨の利用に衰退傾向が見られた。つまり経済発展により銀貨利用段階から金貨利用段階へ移行しつつある地域が現れたのである。本年度の研究は、輸入されたソブリン金貨が、インド国内でいかに移動・利用されたかの実態を分析し、かつインド現地経済の発展程度を示唆することによって、インド幣制における金の役割の解明に大きく貢献した。またこれらの事実は、インドへの金流入を抑制し銀貨に依存させることを意図した従来の植民地幣制が現地の貨幣利用実態の変化によって動揺していることを意味し、この動揺に第一次大戦時の銀価高騰・銀貨不足による通貨危機が加わることで、戦後一旦戦前型幣制への回帰が試みられながらも、1920年代を通じて相次いで幣制改革が行われることになったと考えられる。幣制改革の重要な背景が明らかになった点に、本研究が概ね順調に進展していると自己評価する所以がある。
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今後の研究の推進方策 |
イギリス当局は、1925年に新たな政府委員会を設置し、従来以上に抜本的なインド幣制改革に取り組んだが、本研究では今後、委員会提案に込められた政策意図とその背景、及び異論を含んで展開された政策形成過程を検討したい。委員会の政策提案は、(a)金為替本位制に代わる金地金本位制の導入、(b)ルピー銀貨の法貨規定の廃止、(c)比較的高いレートでのルピー為替平価の再設定、(d)インドにおける中央銀行の創設を含んでいた。本研究では、まず当局が従来の「金為替本位制-銀貨兌換制」という組み合わせから「金地金本位制-銀貨流通縮小」というそれへ転換しようとした企図に着目し、この転換の意義を、本研究が明らかにした戦前型インド植民地幣制の本質規定、および金貨利用の拡大に対する銀貨利用の衰退という傾向と関わらせて考察する。この転換は、インドへの金流入を銀貨の提供によって抑制する政策が行き詰まり、インド幣制の本質規定を変更しつつ国内金利用の抑制を図ろうとしたものである。同時にこの転換には信用貨幣を創出・管理する中央銀行の設立が不可欠となり、総じて1920年代の幣制改革は管理通貨制的要素の拡大を志向した改革であった。全体として、本研究は、今後以下の諸点を実証することを目的とする。(1)銀貨流通に依拠した戦前型金為替本位制からの脱却が緩やかに進み、インド幣制に管理通貨制度的要素の発展が見られた。(2)しかしこの過程は、自身の金保有拡大の必要性に迫られ、また統治の安定を優先するイギリス側の姿勢と、金貨本位制導入を反英闘争の政治的シンボルとするナショナリストの態度によって、順調な展開を阻害された。(3)当該期のインド幣制は、インド在来の特質に加えて、金がなお主要な国際決済手段となるという、イギリスをも拘束した当時の世界的な貨幣利用状況にも規定され、金属貨幣からの脱却において信用制度発達史上の制約を負っていた。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた主な理由は、コロナ禍のために、海外渡航を含めた移動が著しく制限され、また内外の大学図書館や文書館の利用が不可能に近い状態となったため、予定していたイギリス及びインドでの文献史料蒐集や国内での移動による学会参加ができず、旅費の利用が進まなかったことにある。次年度コロナ禍の改善が見られ、移動が可能になれば、直ちに内外での文献資料収集を進め、そのために助成金を使用したい。
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