先行研究では、実用的な知識と科学的な知識の多重性と相互補完性が両利き戦略の構築に及ぼす影響について技術者コミュニティによるネットワーク形成と組織内の部門間調整という視点からあまり検討されてこなかった。しかし、自動車産業の研究開発の調査を通じて、規模の大きい部品メーカーは特許技術のような実用的知識と科学研究のトレンドを常に把握しながら、探索的技術と深化的技術を目指す企業が多い。今回自動車部品メーカーに所属している発明家と科学研究者の役割を兼ねている企業研究者と技術者ネットワークに焦点を当て、データ分析を行った。この中でも発明家と科学研究者の両方の役割を担っている企業研究者は、組織外部の技術者と科学者のコミュニティの連携により知識の多重化を図りながら、企業が探索的開発と深堀的開発のバランスを調整する際に重要な役割を果たしていることが明らかになった。科学知識と実用知識の研究方法の違いは、探索的技術開発に貢献することを仮説として提示できた。先行研究では、探索的開発と深化的開発が成功するためには、部品メーカーが有する知識の相互補完性と相互互換性が重要であるとされてきた。本研究は知識の補完性を高めるため、科学知識のようにアウトバウンド知識と特許のようにインバウンド知識を組み合わせることによって部品メーカーが探索的開発と深化的開発のバランスを維持でき、イノベーションに正の成果をもたらすことを明らかにした。つまり、知識のドメインレベルで特許と科学論文の知識の多重性を確保しながら、特許のようなインバウンド型知識と科学論文のようなアウトバウンド知識のバランスをとることが両利き戦略を進める上で重要である。
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