研究課題/領域番号 |
20K01910
|
研究機関 | 大阪経済大学 |
研究代表者 |
伊藤 博之 大阪経済大学, 経営学部, 教授 (20242969)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
|
キーワード | 3M / オーガニゼーショナル・ヒストリー / 組織と歴史 / 解釈学 |
研究実績の概要 |
本研究は、「組織と歴史が相互に構築し合う」というオーガニゼーショナル・ヒストリーの理論を、米国3M社を事例として分析するプロジェクトである。当プロジェクトには大きく3つの目的がある。 第一に、オーガニゼーショナル・ヒストリーの理論的レビューを行い、この分野の全体像を整理することである。オーガニゼーショナル・ヒストリーは、解釈学における存在論と時間概念に依拠する新しい理論であり、我が国の経営学ではほとんど紹介されていない。こうした整理は、経営学に新しい論点を提供する意義がある。 第二に、その知見に基づき、オーガニゼーショナル・ヒストリーを組織論と戦略論のフレームワークとして発展させることである。当該分野は、欧米でも、主に経営史の研究者を中心に提唱されており、組織論や戦略論との関連付けは十分に行われていない。一方、たとえば、戦略のプロセス論や組織進化論のように、組織や戦略を時間軸で捉える議論はあるが、そこでの時間の概念化は極めて素朴なものである。組織・戦略と時間を関係性についての明確な考察も欠落する傾向にある。こうした点を批判的に明らかにすることも本研究の目的の一つである。 第三に、3M社をその分析の対象とすることで、そのフレームワークの精緻化を図るとともに、新しい企業資料の発掘を通して、経営学で注目された3Mについての洞察を深めることである。オーガニゼーショナル・ヒストリーの研究の最大の課題は、実証的研究が不足していることである。この点、本研究は、3M社を事例とした実証研究の試みである。そして、3Mの経営は、歴史のマネジメントとして理解できることを示すことが目指される。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
オーガニゼーショナル・ヒストリーの理論に関する考察は、その背景となる解釈学の文献を含めてレビューを継続している。ハイデッガーの実践論的解釈学における存在の構造を時間性として捉える発想がオーガニゼーショナル・ヒストリーの原点にある。その一方で、当初の計画では、理論的な文献レビューとあわせて、研究期間中、毎年、3Mの本社所在地である米国ミネソタ州を訪問し、ミネソタ歴史資料館で企業資料の収集と分析を進める予定であった。しかし、この計画に関しては、これまでコロナの影響が想定外であり、米国への渡航が不可能となり、計画変更を強いられている。上記区分で「やや遅れている」としたのはそのためである。 それに対しては、研究計画を調整し、これまでに入手できた文章資料の内容分析に研究の比重を移しつつある。特に、3Mの暦年のアニュアルレポートの定性情報の分析(内容分析)に比重を移している。そのために、定性的データ分析用のソフトウェア等の利用も試行している。 上記の研究計画の調整は、研究の進行を妨げた側面が大きいことは言うまでもないが、一方で、オーガニゼーショナル・ヒストリーにおける「テキストを超えた対話(inter-textuality)」という理論的テーマに重なる、暦年のアニュアルレポートの記載内容の変遷の分析という理論的な論点が新たに浮上する機会となった。すなわち、各年度のアニュアル・レポートと、それが記載された背景を一つのテクストと見なし、それが100年を超える時間軸でどのように変化してきたのかの分析を現在試みている。 今後も、渡米してミネソタでの資料収集の可能性を探りつつ、渡米が不可能であった場合でも研究成果が出せることを重視していく。
|
今後の研究の推進方策 |
オーガニゼーショナル・ヒストリーのレビューをまとめることが令和4年度(次年度)の課題である。また、それを踏まえて、組織論や戦略論への洞察を整理することも、ある程度当該年度中に完了したい。これらについては、当該年度末をめどに、ワーキングペーパーとしてまとめる予定である。 3Mの資料収集については、上記のようにその可能性を探るが、少なくとも令和4年度は、コロナの影響で当初の計画のように渡米することは引き続き難しいと判断している。本来、米国の資料館を訪問し、そこで寄託・公開されている3M社の社内資料を分析に加えることを計画していた。しかし、現状では、アニュアル・レポートを中心に、現時点で入手できているデータの分析を継続することとする。なお、3Mのアニュアル・レポートはすべて入手しており、国内の研究機関等でもそれらを保有しておらず、それ自体が貴重な分析対象となる。 また、オーガニゼーショナル・ヒストリーの理論的フレームワークを前提として、アニュアル・レポートを疑似的な歴史書(=テクスト)として捉え、歴代の3Mの経営陣が同社の歴史をどう提示するのか、また、経営者の間での歴史の読み替えや連結が、同社の事業構成、財務、戦略とどう連動するのかを分析していく。こうした分析において内容分析のソフトウェアの使用も試行し、コロナにより研究の方向転換を活かして、定性(文章)データの分析のアプローチの可能性も探ってみたい。なお、この点に関する論文化は、令和5年度以降の課題となる。
|
次年度使用額が生じた理由 |
本研究プロジェクトの大きな柱は、米国における3M社の資料調査であり、毎年、2週間から3週間の米国滞在を予定していた。経営学で注目される企業である3Mの社内資料の相当量がミネソタ歴史協会で保存・公開されており、それを調査する予定であった。しかしコロナの影響で渡米が不可能な状況となった。そこで研究の調整を図り、既に入手出来ている資料類のデータ分析の比重を高め、そのためのソフト購入や書籍への支出を増額したが、旅費の支出が大きな経費として残ることとなった。令和4年度も引き続き渡米は難しいと考えているので、データ分析を引き続き継続しつつ、コロナの流行状況を見極めていきたい。
|