完全版IFRSが世界に普及する一方で,中小企業向けIFRSは浸透しておらず,日本でも中小企業向けIFRSの適用は認められていない。どのような特徴をもつ法域において中小企業向けIFRSの任意・強制適用がされるのか。本年度は,中小企業向けIFRSの採用(adoption)に影響を与える要因を先行研究の手法を援用し,実証的アプローチに基づいて検討した。 先行研究は,(a)マクロ経済要因の影響の解明を主眼とする研究と(B)文化的要因の影響に着目する研究に分けられ,単変量分析に加えて,ロジットモデル分析が行われる。先行研究のモデルを援用し,次の仮説を検証した。仮説1:自国に非公開企業向けのローカル GAAPがある国は,中小企業向けIFRSを採用しない傾向が見られる。仮説2:完全版IFRSの適用を強制または容認している国は,中小企業向けIFRSを採用する傾向が見られる。仮説3:ガバナンスの質が高い国は,中小企業向け IFRS を採用しない傾向が見られる。仮説4:慣習法国家は,中小企業向けIFRSを採用する傾向が見られる。 20世紀後半の会計制度類型化論に端を発する先行研究の手法を援用し,中小企業向けIFRS のアドプションの決定要因を析出しようとした。検証の結果,慣習法国に属し,非公開企業が適用可能な国内会計基準が整備されている法域,ガバナンスの質が高い法域では,中小企業向けIFRSの採用を踏みとどまる傾向がみられる経験的証拠が得られた。個人主義の傾向が強い国・地域においては,中小企業向けIFRSを導入しない傾向が見られると思料された。これらの検証結果は,大企業版の会計基準と同様に中小企業版の会計基準の国際的調和・国際的収斂を進展させようとするIASBへの政策的提言になる。
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