研究課題/領域番号 |
20K02039
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研究機関 | 長崎大学 |
研究代表者 |
岡田 裕正 長崎大学, 経済学部, 教授 (40201983)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ROE(自己資本利益率) / リスクアペタイト / リスク許容比率 / 評価換算差額倍率 / 組替調整(利益のリサイクル) |
研究実績の概要 |
本研究課題の目的は、日本企業のリスクアペタイト(損失許容限度)能力の指標を貸借対照表と損益計算書(財務諸表)の計上項目からの導出することである。2021年度は以下のような研究を実施した。 1 組替調整(利益のリサイクル)の簿記:前年度の研究で明らかにした評価換算差額等(連結財務諸表ではその他の包括利益累計額)が持つリスクシェアリング機能を実現するための「組替調整」の簿記的な実施可能性について、国際財務報告基準(IFRS)の2018年版概念フレームワーク及び国際会計基準第1号と日本の「討議資料財務会計の概念フレームワーク」における関連規定等に基づき検討した。日本の会計制度では、日本の会計基準のほかにIFRSも任意適用できる(さらに二つある)が、日本基準とIFRSのいずれを採用しても、会社法会計で制度化されているリスクシェアリングは実施可能であると言える。しかし、IFRSの組替調整が包括利益計算書と純損益計算書の間での振替えであるのに対して、日本のそれが貸借対照表から損益計算書への振替えになっている点で相違していることを示した。 2 リスクアペタイトに基づくROE指標の研究:対象となる業種を小売業に限定し、2010年度から2020年度において決算日変更や公表財務諸表の変更(非連結情報から連結情報への変更など)をしていない会社のうち、2月決算と3月決算の会社の個別決算及び連結決算を含む各年311の財務データに基づき総体的・平均的な計算を行った。まだ個別企業の検討には至っていないが、ここまでの研究の結果、評価換算差額等の金額が少ない会社では、リスク許容比率が低く、評価換算差額倍率が高くなるので、債権者保護や株主保護の程度は低いということはできると思われる。すなわち日本のコーポレートガバナンスコードがもとめる「攻めの経営」の前提の一つであるリスクテイクが弱いと予想されることがわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の申請時点では、2020年度と2021年度にわたり、リスクアペタイトを考慮したROEについて、証券会社等の専門家の意見を聞くことを予定していた。しかし、コロナの影響で東京出張による聞取り調査が困難となったので、長崎在住の公認会計士や地銀の専門家各1名の意見を聞くにとどまった。また、ヒアリングではないが、2020年度開催の会計理論学会に、評価換算差額を考慮したROEに関するペーパーを投稿したところ、3名の研究者からのコメントがあり、会計理論学会年報第36号p.33(2021年発行)に掲載された。これらをまとめると、①現行のリスク管理体制では別々に捉えられている流動性やリスクを一体化できる可能性がある、②ROEの計算式に評価換算差額等を利用することが債権者保護につながりうる、③損益計算という枠組みの外でのリスク評価になりうる可能性がある等の評価は得られた。 これと並行して、次年度実施予定の財務諸表分析の予備的考察として、研究実績の概要でも述べたように、2月決算と3月決算の小売業の個別財務諸表と連結財務諸表の合計311/年(これの11年分)に基づく全体的な計算を実施した。さらに4社ほど取り上げ、財務データに基づく計算をおこった。これらの結果、評価換算差額が少額の会社では、ROEの計算要素(自己資本、当期純利益、評価換算差額等)のわずかな変動が、比率を大きく変動させてしまうという問題があることがわかった。 直接学会発表をする機会を得ることはできなかったが、前年度に提出したペーパーに対するコメントが学会発表に代わるものと考えている。また、予備的な財務諸表分析の研究成果については、まだ公表にはいたっていないが、次年度につながる検討課題は明らかになったと考えている。これらの理由から、おおむね順調に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
2022年度は、今年度(2021年度)までの研究に基づき、リスクアペタイトを考慮したROEを構成するリスク許容比率と評価換算差額倍率の妥当性を過去の財務データに基づいて研究する予定である。 特に課題となるのは、評価換算差額等が少額またはほとんどない会社である。このような会社では、リスク許容比率(=評価換算差額/自己資本)は極端に小さな値となるが、他方で、評価換算差額倍率(=当期純利益/評価換算差額)は非常に大きな値となる。この結果、評価換算差額倍率では、当期純利益や評価換算差額のわずかな金額の増減が、この倍率を大きく変動させてしまう。この比率は、株主への配当の財源の一つである当期純利益を確保できる許容度を示すもので、この値が小さいほど当期純利益を確保する力があることを示すと考えている。しかし、分母の評価換算差額が少額の場合、当期純利益が減少しただけで、大幅に倍率が低下し、改善したように見えてしまうという問題がある。このほか、評価換算差額等がマイナスの数字の場合、それをどのように解するかということも課題である。 これらの課題に対しては次のような対応策があると考えている。①有価証券報告書等における定性的情報を参考にして、評価換算差額に影響を及ぼすと思われる固有の状況、特にその会社の財務や経営方針等を明らかにする。②単に毎年度の数値に基づく計算だけではなく、リスク許容比率や評価換算差額倍率およびこれらの計算要素の増減額あるいは変化率を計算してみる。③ROEの式を[(当期純利益+評価換算差額)/自己資本]と変形して、これをさらに、[((当期純利益+評価換算差額)/売上高)×(売上高/総資産)×(総資産/自己資本)]と分解することで、評価換算差額と当期純利益の両方の変動を同時に反映させる。④内部留保額と評価換算差額との合計によるROEとは異なる比率を工夫する。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は、次の3点である。第1の理由は、コロナ禍の移動制限により東京等で予定していたヒアリングを実施できず旅費を使用できなかったこと、第2の理由は、コロナによる対面講義等の禁止により、ROEの計算のために購入した財務データの整理のための学生や院生の雇用ができなかったこと、第3の理由は、本研究代表者が、2020年度は学部入試全般の実施責任者であったが、2021年度は学部学生の厚生補導全般の責任者となったことによる時間的制約があったことがあげられる。 2022年度は研究終了にむけて、有価証券報告書やIR情報等における定性的なデータの収集などを行うとともに、このデータ整理のための雇用を行う予定である。もしコロナの状況により十分な雇用ができなければ、残額は関連図書の整備などにあてることにしたい。
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