本研究では、(1)資本利益率(ROE)を利用したリスクアペタイト(損失許容額)を表す指標と、(2)会社法の下、リスクアペタイトを踏まえたリスクシェアリングの会計の存立可能性の検討を行った。 (1)リスクアペタイトを表すものとして貸借対照表に計上されている「その他有価証券評価差額金」を用いて、ROE(=当期純利益÷株主資本)を、リスク許容比率(=その他有価証券評価差額金÷株主資本)および評価・換算差額等倍率(=当期純利益÷その他有価証券評価差額金)に分解し、これらとROEとの相関関係を調べた。調査対象は、2010年度~2020年度の期間にわたり上場している2月または3月決算の小売業で、継続的に日本の会計基準を適用し、主たる財務諸表を変更していない会社(個別84社、連結74社)である。しかし、ROEとこれらの比率との間に相関関係はみられなかった。その理由として、「その他利益剰余金」が、その他有価証券評価差額金と同様の働きをすると予想されたので、これを加味したリスク許容比率と評価・換算差額等倍率を求めROEとの関連を調べたが、明確な相関関係があるとまでは言えない状況であった。 (2)その他有価証券評価差額金に代表される「評価・換算差額等」(連結貸借対照表ではその他包括利益累計額)を用いた損失の回避(または減額)は、株主に対するものである。しかし、日本の会社会計を規制する法律は会社法であり、その理念は、株主間(現在の株主と将来の株主との間)の損失負担(リスクシェアリング)の確保と債権者保護である。本研究では、この損失負担が、株主間における損失負担を達成と併せて債権者保護の資産流出を抑える効果があることを確認するとともに、この会計処理のために実施される組替調整が、現在の会計基準の根底にある考え方(資産負債アプローチ)とも整合することを示した。
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