研究課題/領域番号 |
20K02097
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
樽本 英樹 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (50271705)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 国際移民 / 国際社会学 / 市民権 / 多様性 / 過激主義 |
研究実績の概要 |
当該年度は、社会的イノベーション、「難民危機」、過激主義、重国籍の観点から国際移民による超多様性と市民権再編の研究を進めてきたけれども、最も大きな発見があったのは過激主義である。テロリズムなどの暴力行為は、社会統合への物理的損失のみならず象徴的損失をも引き起こす。2001年の合衆国同時多発テロ事件以降に顕著になったのが、イスラム過激主義である。 イスラム過激主義はカリフ制とイスラム法 (Sharia) を社会に確立するというイデオロギーを基盤としている。そして2015年、西ヨーロッパがイスラム過激主義の舞台となった。このような経緯の中で、なぜイスラム過激主義による暴力行為が生じるのかという疑問が一般的にも学術的にも湧き起こってきたのである。 イスラム過激主義を説明する図式として、まず思いつくのは目的合理的な因果関係であろう。Max Weberは暴力を近代社会への変動のなかで捉えた。その結果、近代社会のおいて暴力は目的のための手段と捉えられるようになる。Charles Tillyはテロリズムを「資源を引き出し権力を増大させる政治的戦略」と捉えた。このような見解を、「目的合理的パラダイム」と呼んでおこう。 ところが、イスラム過激主義は目的合理的な図式では捉えきれない部分を持っている。カリフ制やイスラム法に基づく国家・社会のヨーロッパにおける創設は「合理的目的」には見えない。また自爆テロを、合理的な目的のための手段と見なすことも難しい。ここで、Emile Durkheimの見解が思い出させる。これを「狂信的パラダイム」と呼んでおこう。 目的合理的パラダイムか狂信的パラダイムのいずれかに押し込めるだけでは、イスラム過激主義を理解することはできないだろう。行為者が過激主義に至るメカニズムを、それを取り巻く制度の観点を踏まえて追尾し、両者を関係づけることが求められるであろう。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
国際移民による多様性と市民権再編にまつわる最も大きな問題として、ヨーロッパ諸国などの若者などが過激化する現象を発見することができ、その理論的メカニズムを考察できたことは、研究を進展させることに大きく寄与することになった。過激化する者の多くが移民二世、三世などであり、都市郊外の荒れた地域に居住している。そして、職業的にも教育業績的にも生活一般としても、希望を持つことができない。その結果、家族などの信仰するイスラム教の過激な解釈に触れ、テロリズムなどの過激な行為に及ぶのである。市民権論の用語でいえば、この人々は「二流市民」に追い込まれ、受け入れ社会の中で周辺化されているゆえ、その反応として過激化すると考えられるのである。 これまで多様性というと、職業や教育や出身国・地域やジェンダーなどがまさに「多様になる」ことが指し示されてきた。一方、その結果、ある人々が格差が生じ排除され周辺化されることは、どちらかというと見過ごされてきた。これは 多様性の闇の側面であり、見過ごすことはできない。そのような闇の側面に行き当たることができたのは、本研究の大きな進展につながっているのである。 このことは、世界的の研究者たちが注目している「超多様性研究」にも大きな含意をあたえるのではないかと期待される。多様性は、移民の属性やプロフィール、そして社会の様態が水平的に多様になることだけを意味するのではない。そこには垂直的な「多様性」、すなわち格差や不平等がはらむ傾向にあることを示すことができたのである。
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今後の研究の推進方策 |
国際移民による超多様性と市民権再編に関する研究を進めていく上で、各国の移民市民権政策の様態の解明は不可欠でありながらも、いまだ着手されてこなかった。もちろん欧米諸国のそれはきわめて重要であり、追尾していく必要がある。特に、過激主義の勃興に伴って、市民権剥奪を可能にする政策をいくつかの国が採用しており、見逃すことができない。 しかし同時にアジアの研究者には、まさにアジアの移民市民権政策の様態を明らかにする義務があると感じられる。ただしアジアというときわめて広く多様な国・地域を含むことになる。そこで、東アジアに的を絞り、移民受け入れ政策および移民市民権政策を実情とその生起メカニズムおよび変容メカニズムを明らかにしたい。東アジアの国々も経済発展や近代化を通じてそれら政策を欧米諸国のそれらに類似したものにしていることであろう。しかし同時に、まだ類似しきれない部分も存在するだろう。すなわち、欧米諸国との比較において、東アジア諸国の移民受け入れ政策および移民市民権政策の収斂と逸脱を明らかにしていきたい。 さらに、東アジア諸国内部の類似性と差異性にも注目しなければならない。たとえば日本とお隣の韓国は、かつて技能実習生政策を共有していたものの、現在では韓国は単純労働者を正式に導入する政策に転じている。また、韓国は条件付きではあれ重国籍を認める政策を始めた。すなわち、東アジア諸国内部においても移民市民権政策は多様になっている可能性がある。このような差異性を丁寧に見ていくことが、国際移民による超多様性と市民権再編を考える中核に迫る適切な方法であると、現在のところが考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナパンデミックの影響でしばらく国内調査、海外調査、国際学会発表が途絶えていたため次年度使用額が生じたものである。緊急事態宣言などが終了し、新型コロナウィルスの扱いが日本で5類に移行したことから、上記の調査や発表などを再開するとする。手始めは、6月終わりから7月にかけての国際社会学会で、オーストラリア・メルボルンで行われ、研究発表、研究討論および座長を行う。続いて9月前半には英国で調査を行う計画を立てている。さらに、12月にはフランス・リヨンで行われる「フランス-東アジア研究会議」において研究発表および研究討論を行う。 以上の他に、まだサーベイしなければならない文献資料が数多く存在するため、その支出に当てる。特に、近年急速に研究が増加してきた投資家市民権および市民権売買についての専門書および論文は必読である。さらに、入手したデータの整理のためのメディアなどが必要となっている。
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