研究課題/領域番号 |
20K02132
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研究機関 | 東京学芸大学 |
研究代表者 |
水津 嘉克 東京学芸大学, 教育学部, 准教授 (40313283)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 物語論 / 死別 / 排除論 |
研究実績の概要 |
昨年度に引き続き、応募書類において研究目的のひとつとしてあげた“「死別」経験への物語論的アプローチの理論的課題”の整理していく作業を行っている。 2022年度から継続的にとりわけ力をいれて作業を進めているのが、いわゆる「二人称の死」が何故われわれにとって特別な経験(エピファニー)となるのかに関して、その内実を社会学的に探り、その根拠を明らかにすることである。当初この研究課題に関しては,使用する概念を「現象学的社会学」の理論枠組みに限定して作業を完徹するつもりであった。この種の問題をめぐる既存の議論群には、説明変数を増やすことによって結果的に説明力が上がっているようにみせる(みせかける)が多すぎると考えたからである。 「愛情」や「親密な関係」という社会学的にはきわめて曖昧で世俗的になりがちなと言葉と距離化をはかって議論を成立させるためには、投入する概念を限定することが必要である。そうでなければ,それは社会学的な議論とはなり得ず,分析的に有用なものにもなり得ない。そのことを最も意識して認識利得のある現実的な分析枠組みを構築することを最も意識しながら作業を進めてきた。 しかしながら、A. シュッツやP. バーガーが提示した概念枠のみに依拠しつつ進めてきた作業は限界に直面した状態に突き当たってしまった。 そこで昨年度末から模索しているのが、ミードの「重要な他者」に関する(古典的な)議論や近年盛んになっているケアをめぐる議論を取り入れる試みである。 説明枠組み構築のベースとして「現象学的社会学」から離れることは考えていない。あくまでもそこが起点であることには変わりがないが、上記二つの視点を援用しつつ議論に厚みと,われわれの日常的経験に即した説得力を獲得することが可能になるのではないかと考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
「研究実績の概要」でも言及した課題を克服し、研究を進めるため現在行っている作業が、ミードの原著及びミードの自我論関係の論文を読み進めノートを取り、本研究の問題関心に沿った形で整理していくことである。 その作業のなかで明らかになってきたことの一つは、「自我論」研究の源流としてミードの議論は社会学の中で非常に重要なものと位置づけられているにもかかわらず、日本語圏での研究の数が(とりわけ近年においては)少ないことである。 そして、教育学など、とりわけ海外ルーツの子どもたちをめぐる諸研究のなかでリファレンスされる数が少なくない「重要な他者」という概念に関しても、理論レベルで明確に議論した論文が管見の限りほとんどない事が確認された。 「重要な他者」に関しては、例えば『社会学小辞典』(有斐閣)の中に項目が設けられているし、P. バーガー&T. ルックマンによる『現実の社会的構成』においては注で言及されているが、G. H. ミードの『精神・自我・社会』においては(英語版も含め)索引に項目が立っていない。したがって、まずはミード自身が「重要な他者」という概念をどのような形で提示したのか、そしてこれまで研究者がどのような文脈で用いてきたのかを確認する作業を進めているところである。 また近年盛り上がりを見せているケアに関する諸議論に関しても、ここまで論者はむしろ踏み込まないようにしてきたこともあり、参照できる可能性のある先行研究を読み進めているところである。ケアの当事者の経験を、自己「物語」の視点から読み解いていくことは、これまでの諸議論とは異なる形で有意義な結果に繋がるのではないかと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
まずはミードの議論とりわけ「重要な他者」をめぐる諸議論の内容を確認・整理し、それをここまで論者が進めてきた自己「物語」論の議論とどのような形で接合させていき、更には”「二人称の死」が何故われわれにとって特別な経験(エピファニー)となるのか”というテーマに関して説得力のある、理論的な説明枠組みを構築していくことが求められる。 そして、そこにケア労働をめぐる諸研究の所見を取り入れていくことによって、「現象学的社会学」の視点からのみでは、認識利得が低下しがちであった側面を補強していく作業を進めていきたい。 ケア労働には介護や看護、そしてその先の看取り(「死別」と喪失)という経験が含まれる。本研究がその領域に何らかの形で接合可能にしていけるならば、それはただ単に自己「物語」論の理論的な側面を精緻化させるのみならず、ケアという非常に身近なわれわれの日々の経験に対して、社会学という学問が何らかの形で貢献していく可能性を拡げていくことに繋がるのではないかと考える。 最後に本年度改めて作業を行なう必要があると考えているのは、自死やその遺族に関する数量的なデータとその意味するところを改めて確認することである。約3年のコロナ禍を経て、自死の問題は新たな社会的側面を持ち始めている。また日本における若年層の自死数が世界的に高いという事実も、社会学として無視して通ることが出来ない大きな問題であると考える。 上記の課題に関して自ら量的調査を行うことは、残りの年数を考えても現実的ではないが、行政や関連のNPO等がまとめているデータを再度社会学的視点から検討することは、今年度行わなければならない重要な課題であると認識している。
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