研究課題/領域番号 |
20K02142
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研究機関 | 日本女子大学 |
研究代表者 |
門林 道子 日本女子大学, 人間社会学部, 研究員 (70424299)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | がん闘病記 / 日英比較社会学的研究 / true story / 相互作用 / 医療制度 / 病い観 / QOD / サポート体制 |
研究実績の概要 |
国内で出版されたがん闘病記の内容変化を経時的に捉えた「がん闘病記の比較社会学的研究―語られる病いがもたらす個人と社会の相互作用」(科研費基盤C、17K04160、2017-2019 年度)の次の段階として、日英のがん体験記の国際比較研究を行う目的で取り組んでいる。出版数の多い乳がんを中心にイギリスでmemories 、true story 、patient’s biography 等として出版された体験記を収集し、書く動機や出版動機、がん観や死の捉え方、肯定的変化や「闘病」意識等について内容の比較、分析、考察を行うことで日本のがん闘病記との相似と相違を明らかにする。病い観や死生観、宗教観をはじめ、患者を取り巻く医療制度やがん患者へのサポートのあり方等に注目することで、病いをもって生きる個人の独自な経験と共に、社会と文化の中に埋め込まれた要因がどのように個人に影響を与えているか、個人と社会の相互作用の考察をも目的とする。2020年度、続く2021年度とコロナ禍の影響で渡英での実態調査が不可能となり、また前回の研究も期間延長したことから文献調査については日本の闘病記の調査がまだまだ主であった。わが国の昨今の闘病記にみられる「肯定的変化」について2020年日本緩和医療学会で発表した後2021年2月にはオンライン開催となったISA (世界社会学会)Forum of Sociologyで Benefit Finding in Cancer Tobyokiと題し口頭発表した。司会担当のイギリスや海外の社会学者から闘病記が多く出版され多数読まれていること自体が日本的だとコメントがあり、本研究の意義を再認識した。2021年後半にはAPHC(アジア・太平洋ホスピスカンファレンス)で、医療者に特化した「肯定的変化」について、日本死の臨床研究会では闘病記にみる「闘病」の多義性について発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
初年度、まずイギリスでのがん体験記について、書店や図書館での実態調査を予定していたが、COVID-19で渡航ができず、調査を見送らざるを得なかった。さらに、この日英比較社会学的研究調査の出発点である国内のがん闘病記を対象にした「がん闘病記の比較社会学的研究―語られる病いがもたらす個人と社会の相互作用」(科研費基盤C、17K04160、2017-2019 年度)を期間延長したため、2020年度まずは日本で出版されたがん闘病記についての調査の継続を優先した。次年度である2021年度についてもコロナ禍で現地での実態調査ができない状況が続いた。ただ、日本のがん闘病記の経時的比較については、学会なども中止に追い込まれたりもしたなかで、オンラインで開催された国内外の学会でいくつかの調査による成果発表なども行った。しかしながら、イギリスのがん体験記については何冊かは読み進めているもののカテゴリー化や分析等に至るまでにはまだまだ不十分な状況である。一方、近年、QOLのみならずQOD(Quality of Death)という考え方が注目されるようになってきたが、イギリスの『エコノミスト』の調査で2010年2015年と世界第1位とされたのがイギリスである。「緩和ケアとその保健医療状況」「保健医療分野の人材」「経済的負担」「ケアの質」「地域社会との関わり」の5領域について、世界80か国を対象に行われたものである。保健医療サービスにおける公的支出の高さや、利用者の財政的負担の軽減、終末期や緩和ケアにおける国民の意識の高さが大きく関係すると考えられるが、イギリスは1960年代からホスピス・緩和ケアの発展・充実を牽引してきた国である。現在、がん体験記の中にそれらがどのように描き出されているかに関心をもち、調査を行っている。
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今後の研究の推進方策 |
これまで20年以上にわたり研究を続けてきた日本のがん闘病記に続くイギリスで出版されたがん体験記との比較社会学的研究であり、研究対象とするイギリスで出版されたがん体験記をもっとも出版数の多い乳がんを中心に収集し、それらを読み込み、類型化や分析を進める予定である。そのためには社会保障制度や医療制度をはじめ、文化や習慣、歴史的背景など幅広く調べていく必要がある。イギリスはNHSのもと1次医療、2次医療と、日本に比べて複雑なシステムをもつ医療制度にも関わらず、2015年のQODの調査においても世界1位を占めた。私自身、2000年代初頭から関わってきたイギリスのホスピス&緩和ケア等終末期ケアの充実が大きな要因として挙げられるが、体験記のなかにどのように反映しているか現在調査を進めている。渡英が可能になった段階でがん体験記の出版や動向確認の書店等での市場調査、反響を取り上げた新聞や雑誌記事を図書館等で収集する調査を行いたい。2015年からISAをはじめ、EAPC(ヨーロッパ緩和ケア学会)、EAFONS(東アジア看護学研究者フォーラム)等いくつかの国際学会において、Tobyokiについての社会学的視座からの研究発表を続けてきたが、それぞれの場で参加者の関心の高さもうかがえた。がん観や、死との向き合い方、肯定的変化や「闘病」意識など、病いをもって生きる個人の独自な経験と共に、社会と文化の中に埋め込まれた要因がどのように個人に影響を与えているか、個人と社会の相互作用における日英のがん体験記の相似と相違を明らかにし、学会誌への論文投稿も目指していく予定である。 季刊誌『薬学図書館』に2015年から2020年まで「『闘病記』という物語」を連載する機会を得た。その内容を加筆修正しての書籍化が決まっており、こちらについても本年度の刊行を目指し、本研究と並行してしっかり進めていきたいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度に続き、2021年度においても新型コロナウィルス感染拡大により、研究計画でまず予定していたイギリスでのがん体験記とそれを取り巻く事情に関する実態調査をまったく行うことができなかった。今日まで参加や発表を行ってきた社会学系、医療系の国内外の学会も中止を余儀なくされるかオンライン開催がほとんどであったため、大幅に予算を組んでいた出張費や宿泊費の支出がゼロであり、学会等の参加費もいくつか未使用に終わった。 Amazon等を通して何冊かのがん体験記をはじめとする書籍は購入できたものの、従来、現地で行ってきた書店を訪ね、書籍についての評判を聞いたりしながらの収集は全く行えていないことから、文献の購入費においても予定をかなり下回る状況となっている。加えて英国の歴史や医療制度、文化的な側面を探るための資料購入も行ってはいるが、未だ十分とは言えず、今年度はさらなる書籍の購入費を予算に見込みたいと考える。また、実態調査が可能になれば、本年度中にはぜひと考えている。次年度には世界社会学会がオーストラリアのメルボルンで開催されるため、そこでの発表を現時点では考えている。
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