研究課題/領域番号 |
20K02165
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研究機関 | 成蹊大学 |
研究代表者 |
五十嵐 智子 (澁谷智子) 成蹊大学, 文学部, 教授 (90637068)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ヤングケアラー / コーダ / 若者ケアラー / 子ども支援 / ケアラー支援 |
研究実績の概要 |
2020年度は、イギリスの子ども向けに書かれた絵本『Can I Tell You About Being a Young Carer?』とイギリスの学校で行われている「Young Carers in Schools」プログラムの翻訳と検討を大学院生と共に行った。 前者については、コロナウィルス感染拡大を受けて、絵本の著者Jo Aldridgeをイギリスから招くことが難しくなり、2020年度の出版は見合わせることになった。しかし、代わりに日本の元ヤングケアラー7人と共にヤングケアラーのケア経験について執筆し、『ヤングケアラー わたしの語り 子どもや若者が経験した家族のケア・介護』(2020年、生活書院)として出版した。 後者に関しては、第93回日本社会学会大会で、「学校におけるヤングケアラー支援の可能性――イギリスの「ヤングケアラーサポート学校賞」の取り組みから」というタイトルで発表した。また、2021年2月に開かれた一般社団法人日本ケアラー連盟ヤングケアラープロジェクト主催のシンポジウム「学校におけるヤングケアラー支援」で、いかに学校全体でヤングケアラーをサポートする仕組みを作るかを論じた。具体的には、ヤングケアラーかもしれない子どもについて知る、学校の運営会議でヤングケアラーにどう対応するかを決め、支援を担当する実働チームを作り、そのメンバーが誰かを生徒にも教員にも保護者にもわかるようにする、教員向けのヤングケアラー研修を行い、教員がどのようにして気付くか、教員がどうサポートできるかを共有する、生徒や保護者に学校のヤングケアラー支援について知ってもらう(生徒手帳やホームページや保護者向けのお知らせの配布など)、ヤングケアラーやその家族からの意見を集めて支援の改善に役立てる、といったプロセスを説明した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年度は、コロナの影響を受け、当初予定していたように、聞こえない親を持つ聞こえる子どもたち(CODA: Children Of Deaf Adults)を集めてワークショップを行うことができなかった。インタビューはいくつか実施したものの、体系的に分析できるレベルにはなっておらず、2021年度はここを意識して行っていく必要がある。 一方で、元ヤングケアラー7人と共に執筆して出版した『ヤングケアラー わたしの語り』は広く読まれる本となり、ヤングケアラーの多様性(誰をケアしたか、その人はどういう状況だったのか、何歳の時からケアをしたのか、家族構成はどうなったのか、時間の経過とともにケアはどう展開したのかなど)を改めて示すものとなった。この本の中では、聞こえない親を持つ聞こえる子どもであるコーダもその経験を執筆している。コーダもヤングケアラーとなることがあり、親を頼るのが難しい局面があることが綴られた。この本は、ヤングケアラーに関心を持つ教育や福祉や医療の関係者、行政関係者、メディア関係者に読まれ、地方自治体や国のヤングケアラー支援が検討されていく時の参考資料となった。特に、筆者もメンバーの一人である「埼玉県ケアラー支援に関する有識者会議」や、厚生労働省と文部科学省が協力して作った「ヤングケアラーの支援に向けた福祉・介護・医療・教育の連携プロジェクトチーム」でも、この本は活用された。ケアは今の自分を作っている大切な部分にもなっていると感じる人もいれば、ケアを肯定的に語ることはできないと感じる人もいて、一口で「ヤングケアラー」と言ってもさまざまな人がいることを示したことは、まさに日本でヤングケアラー支援の仕組みが作られようとしている時期において重要であった。以上のことから、研究は「おおむね順調に進展している」と考える。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度は『Can I Tell You About Being a Young Carer?』の翻訳を仕上げ、その出版を目指す。また、ヤングケアラーとは何か、その支援のあり方などについて、埼玉県、神奈川県、東京都、岐阜県、藤沢市、北九州市などで、積極的に講演を行う。そうした講演は、教育や医療や福祉の専門職だけでなく、高校生や保護者も対象とする。さらに、ヤングケアラーやその家族や専門職と関わりの深い『精神科看護』や『障害者問題研究』などの雑誌で、ヤングケアラーについて執筆する。子どもが家族のケアをすることは漠然と「お手伝い」や「家族の助け合い」として肯定的に捉えられてきたが、何歳ぐらいの子どもが、どんなタイプのケアを、一日何時間ぐらい担い、その影響がどう出ているのかを把握していくことの必要性、ヤングケアラー自身のニーズ、ケアをされる親や家族の思い、ヤングケアラーが自分の人生と家族のケアのより良いバランスを取れるようにしていくことなどを論じ、「家族のことは家族で」を前提とした現行の日本の制度では、そのしわ寄せが子どもや若者に行ってしまうことにも注意を促す。 また、今後は、聞こえない親を持つ聞こえる子どもたち(CODA)に関する調査も積極的に展開する。聞こえない親を持つ聞こえる子どもを表す「コーダ」という言葉は1990年代半ばに日本に紹介され、ピアグループもその頃に設立された。インターネットや動画字幕や手話通訳制度の広まりなど、技術や社会状況の変化がある中で、コーダの経験はどう変わってきたのかを検討することは、今後日本で増えていく可能性のある外国人の子どもたちのサポートをどう作っていけるかを考えることにもつながる。そのようにして、子どもという立場で大人の会話の通訳や文化の翻訳を担う子どもの負担や不安を軽減する方法を検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
松山大学で開催予定だった日本社会学会大会がオンライン開催となり、共同で発表を予定していた大学院生と自分の旅費にあたる額が浮いたため、それを2021年度以降のコーダのインタビューに関する費用に当てた方がより効果的に使えると判断した。2020年度はコロナ感染拡大の影響で、旅費を使う調査が少なくなった代わりに、執筆や資料の分析・作成、翻訳に関する謝金や人件費を多く使う研究スタイルになったことを鑑み、次年度使用額は2021年度請求額と合わせ、主に人件費・謝金の項目で使用する予定である。
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