研究課題/領域番号 |
20K02165
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研究機関 | 成蹊大学 |
研究代表者 |
五十嵐 智子 (澁谷智子) 成蹊大学, 文学部, 教授 (90637068)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | ヤングケアラー / コーダ / 若者ケアラー / 子ども支援 / 家族支援 |
研究実績の概要 |
2022年度は、18歳未満の子どもや若者に向けて直接ヤングケアラーについて発信することを積極的に行った。中高生の読者を対象とした『ヤングケアラーってなんだろう』を執筆してちくまプリマー新書から出版したほか、イギリスで使われている小学生向けの本『Can I Tell You About Being a Young Carer?』を大学院生の長谷川拓人氏と共に日本語に翻訳し、生活書院から『ヤングケアラーってどういうこと?』というタイトルで刊行した。 さらに、埼玉県令和4年度ヤングケアラーサポートクラスの一環として、久喜市立栗橋南小学校で寸劇を用いたヤングケアラー授業を小学校5年生6年生を対象に行い、その様子がNHK首都圏ニュースや東京新聞で報道された。この授業は、埼玉県や久喜市の教育委員会、日本ケアラー連盟ヤングケアラープロジェクトのメンバーなどによっても参照され、今後、小学生にヤングケアラーについて教える授業を作る際の参考モデルとなった。中学校向けには、埼玉県鶴ヶ島市立西中学校で、元ヤングケアラーと共に「ヤングケアラーについて知ろう」という授業を行った。 ヤングケアラーは『現代思想』11月号でも特集され、村上靖彦氏と対談を行った。この特集では、きょうだいや祖父母介護などの経験を持つ多くの人が執筆し、ヤングケアラーに関わる多様な視点が提示された。医療に関わる専門職等に向けては、「ヤングケアラーへの支援の課題――大人の「忙しさ」の隙間を埋める子どもたち」を『看護』第74巻第6号に掲載した。さらには、アメリカの文化人類学者が書いた本『みんなが手話で話した島』の解説を執筆し、情報の普及に努めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2022年度は、中高生に向けた『ヤングケアラーってなんだろう』や小学生向けの『ヤングケアラーってどういうこと?』の本を、予定通り出版することができた。さらに、対面でのワークショップや講演などがしやすくなり、教員、スクールソーシャルワーカー、心理職、医療の専門職、行政職員、民生委員児童委員の方々などに向けたヤングケアラー研修会や講演を数多く行った。国や自治体のヤングケアラーや子どもに関する事業にも関わり、厚生労働省令和4年度子ども・子育て支援推進調査研究事業「ヤングケアラーの支援に係るアセスメントシートの在り方に関する調査研究」検討委員会委員長や作業部会委員長を務めたほか、武蔵野市子どもの権利に関する条例検討委員会、埼玉県ケアラー支援に関する有識者会議、東京都政策企画局などにも関わり、それなりの貢献ができた。これらの活動は、当初の計画をはるかに超えた展開であった。 しかし、その一方で、ヤングケアラー支援をめぐる状況があまりにも早く動いていく中で、改めて今後の研究の方向性を考えなくてはいけない局面にも来ていると感じている。報告者がこれまで行ってきたヤングケアラーの実態を明らかにすることは、自治体やメディアや子ども支援団体などによっても行われるようになり、ヤングケアラー普及啓発事業も数多く実施されるようになってきた。こうした状況をふまえ、さらにその先を見据えた研究をどう展開していくのか、立ち止まって考える必要があると思い、今年度の予算の残りを次年度に繰り越す決断をした。 その意味で、計画以上の進展と、まさに進展の予想外の早さからもたらされた研究計画の見直しがあり、その双方を合わせる形で「(2)おおむね順調に進展している」と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
2023年度は、多くの人に向けた普及啓発だけでなく、具体的な現場でヤングケアラーとその家族が本当に「助かる」支援とは何なのか、より焦点を絞り、これまでの制度の構造を明らかにした上で状況改善に役立つ研究をしていく予定である。たとえば、医療現場においてなぜヤングケアラーは見過ごされてきたのか、ケアを担う子どもの不登校を減らしていくにはどうすればよいのか、家族ケアを前提とした制度と現実に起きていることのズレなどを見ていくことは、1980年代に提唱された「日本型福祉社会」の限界をふまえ、より今日の状況に即した制度を作っていく上で重要だと考える。 さらに、「ヤングケアラー」があまりにも広く認識され、家族に病気や障害を持つ人がいたらすぐに「その家庭にいる子どもはヤングケアラーかもしれない」と見られる状況を子どもや家族が実際にどう経験しているか、にも目を向けていく。たとえば、聞こえない親を持つ聞こえる子ども(コーダ)の中には、子どもとしてはあまりにも重い責任を負ってきたヤングケアラーがいるのも事実だが、ほとんどケア役割を担うことなく、子どもとして親に守られて育ったと感じている人もいる。2022年度に5回行った中高生コーダワークショップからは、時代や年齢や地域や家庭の状況などによって、コーダが経験していることもそれぞれに違っていることが明らかになった。2023年度は、これらの知見に基づき、コーダたちと共に『コーダ 多様な語り(仮題)』を執筆し、その出版を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
ヤングケアラー支援をめぐる社会の状況があまりにも早く変化する中で、ヤングケアラーの実態調査については、各自治体、民間支援団体、メディアなども精力的に行っており、研究としてはさらにその先を見据えた研究を展開する必要があると考えたため。2023年度は、当初の計画をやや変更する形で、具体的な医療現場や教育現場、福祉の現場において、ヤングケアラーとその家族が本当に助かる支援とは何なのかを見出すことを目的とし、研究費を用いて、支援団体やヤングケアラーとその家族への聞き取り調査を行う。
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