本研究の目的は、『「腸内細菌叢が食物繊維を基質として生成する水素は、うつ病などに見られる脳内ミクログリアの活性を軽減する」という仮説を証明し、腸内発酵を活性化させる食物の摂取によって社会的ストレスなどに起因する精神疾患の治療や発症予防に貢献する研究を行うこと』である。この目的に従い、2021年度は、うつ病モデルマウス(社会的敗北マウス)の作出とフラクトオリゴ糖を摂取時のうつ症状発症との関係について解析し、フラクトオリゴ糖摂取による大腸水素生成がうつ病の発症を抑制している傾向が示された。しかし、明確な差として示されなかったことから、2022年度は個体数を増やして検討を行ったところ、レジリエンスを除いた脆弱個体において、大腸水素と社会的相互作用の指標であるインタラクションスコアとの間に正の相関が観察され、大腸水素を多く生成する個体は、ストレス負荷された状態でも社会的行動が改善することがわかった。また、ストレス負荷時に増加する血漿中のIL-6は、大腸水素生成個体で減少していることが示され、血漿中のIL-6濃度と社会的相互作用スコアの間には負の相関が観察されたことから、大腸水素の生成は、ストレス負荷によって生じる脳を含めた全身的なIL-6の発生を抑制することで脳における炎症の惹起も抑制されていることが示唆された。実際、大脳皮質のミクログリアの形態について、Iba1を用いた免疫組織化学を行い、発現細胞の面積について比較したところ、全体の群間には差が認められなかったが、脆弱個体における大腸水素とIba1発現面積の間には正の相関が認められ、大腸水素は脆弱個体において脳内炎症を抑制していることが示された。
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