本研究の目的は、現代ドイツ教育哲学における人間形成論的に方向づけられたビオグラフィ研究(bildungstheoretisch orientierte Biographieforschung; BOB)をめぐる論点のうち、(1)経験的現実と整合的な主体概念、(2)人間形成概念の規範性の根拠づけ、という2点について、ナラティヴ・インタビューの分析と関連づけながら解明することである。 令和2年度は、上記の(2)を中心に検討を行った。その結果、BOBは、①人間形成の実質的な善し悪しは問えないとする立場、②「批判的、反省的になること」を人間形成の規範性とみなす立場、③インタビューの再構成と公表という研究遂行のレベルで作用する規範性に着目する立場に大別されることを確認した。 令和3年度は、上記の(1)について、BOBにおけるブルデューのハビトゥス論の受容を中心に検討した。その結果、人間形成/主体形成における自己と世界との相互作用への着目という点は、BOBとハビトゥス論に共通していることを確認した。他方、BOBは世界に対する自己の関わりをもっぱら批判的、反省的なものと考えているのに対し、ハビトゥス論は必ずしもそうではないという相違を指摘できた。 令和4年度は、昨年度までの研究成果を踏まえ、主体のあり方を規定する構造と、構造に対して批判的、反省的に関わる実践との相互作用という観点から経験的なナラティヴ・インタビューを分析した。その結果、インタビューにおける語りのなかに、上記の相互作用を通して主体が形成されていく様子を再構成して確認することができた。研究の成果は全国学会の大会で口頭発表するとともに、ドイツ教育学会の刊行物に論文として発表した。 今後の課題としては、世界に対する自己の批判的関わりと人間形成の規範性との異同についてさらに検討することが挙げられる。
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