研究課題/領域番号 |
20K02458
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研究機関 | 新見公立大学 |
研究代表者 |
広瀬 綾子 新見公立大学, 健康科学部, 准教授 (30814496)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 演劇教育 / シュタイナー教育 / 新教育 / 人間形成 / ドイツの学校教育 / ブレヒト |
研究実績の概要 |
本研究は、「ドイツの学校教育における演劇教育」について明らかにするものであり、その柱は主に、理論研究と実践研究から成る。2年目である今年度は、引き続き主に文献や資料を用い、理論研究を行った。 (1)20世紀ドイツ最大の劇作家・思想家B.ブレヒトによる「教育劇(Lehrstueck)」およびこれを支える思想についての研究を行った。具体的には、ブレヒトの主要作品の一つである「アルトゥロ・ウイの興隆」を取り上げ、ナチスの台頭やヒトラーによる権力掌握を教訓として理解し、独裁者の登場を防ぐべく行動する必要を観客に訴えているこの作品が「教育劇」そのものであること、すなわち国民を教化する役割を担っており、ドイツ教育思想の根底を流れる啓蒙および人格形成の理念・思想が、ブレヒトの「教育劇」にみてとれることを明らかにした。 (2)ブレヒトは、演劇がもつ教育的な力を重視し、啓蒙の立場から演劇教育の方法論「異化効果(Verfremdungseffekt)」を確立させたが、ブレヒトによる演劇教育および演劇教育の方法に着目し、この方法論を用いて演劇教育実践を行った、日本を代表する劇作家・演出家・演劇教育者の一人である秋浜悟史による演劇教育論および演劇教育の方法論を取り上げ、明らかにした。秋浜は「演劇そのものが教育である」とみて、演劇を人間教育の一環ととらえたが、かれが演劇教育の方法として重視した「劇表現」を手がかりに、彼の演劇教育の方法論およびその特質を明らかにした。 (3)演劇教育は、新教育に位置付けられるシュタイナー学校で盛んに取り入れられていることに見てとれるように、新教育運動において発展を遂げたが、新教育の思想を明確に体現する教育家の一人に、小原國芳を挙げることができる。小原の演劇教育論を手がかりに、新教育の理念である「全人的人間」の形成に、演劇がどのような役割を果たしているのかを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ドイツの学校教育における演劇教育を支える理論的・思想的基盤となるのは、演劇による啓蒙ならびに人格形成の理念・思想である。その筆頭に挙げられるブレヒトの演劇教育の思想を明らかにし、かれの上演作品の分析を行ったことは、ドイツの演劇教育の全体像を理解することにつながると考えている。 ドイツの演劇教育に着目し、これを日本における演劇教育実践と結びつけた数少ない演劇教育者である秋浜悟史による演劇教育論および演劇教育の方法論については、昨年までに収集した実践記録や資料、文献の解読や分析が完了し、学会誌への投稿準備が大詰めを迎えている。 ドイツにおける私立学校の一つシュタイナー学校では、盛んに演劇教育が行われているが、この学校の演劇教育ならびにこれを支えるシュタイナーの教育思想を、エネルギー概念の観点から取り上げ、他大学の研究者やドイツ在住の研究者らとともに考察を行った。シュタイナーは、エネルギー恒存の法則に対する見方を通して、人間の内部で起こり、生成されるもののプロセスや変容に、エネルギー概念の核心を見出したが、これらが、シュタイナー学校における演劇教育に反映されていることを明らかにした。 また、ドイツを発祥とする新教育の流れに位置する教育家・小原國芳の演劇教育論を手がかりに、これを具現化した活動として、広島県東広島市立西条小学校における舞台表現活動「オペラ 白壁の街」を取り上げ、その教育的意義や人間形成に果たす役割等について研究を行った。 コロナ禍のため、当初予定していたドイツへの渡航による研究調査を断念し、総じて、文献を中心とした理論研究および国内で可能なドイツ演劇教育の研究、ならびにドイツにおける演劇教育の基礎概念を転化、応用、発展させた研究を通して、考察を深めている。
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今後の研究の推進方策 |
2022年8月~9月にかけて渡独し、10年に一度、ドイツ・オーバーアマガウ(Oberammergau)にて上演される世界最大規模の「キリスト受難劇(Passions Spiele)についての研究調査を行う予定である。あわせて、ドイツおよびオーストリア各地の劇場、青少年劇場や児童・青少年演劇専門劇団を訪れ、これらで行われている児童演劇についての研究調査を予定している。 ブレヒト演劇の拠点であり、ブレヒト演劇を中心に上演しているベルリーナー・アンサンブル(Berliner Emsemble)にて、ブレヒト作品の上演分析を行い、その背後にあるブレヒトの演劇教育思想を明らかにしたい。 また、関連する学会のシンポジウムに登壇を予定しており、シュタイナー教育の思想と実践とのテーマで、この学校の演劇教育についても研究成果を発信する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由) 研究計画では、渡独し、ドイツの劇場や児童・青少年劇団で、研究調査を行う予定であったが、コロナ禍のため不可能となり、その分の費用の余剰金が生じた。 (使用計画) 渡独し、ドイツおよびオーストリアの劇場や児童・青少年劇団での研究調査、ならびに研究調査のための書籍や各種資料、関連する諸学会への参加等の諸経費に充てたいと考えている。
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