研究課題/領域番号 |
20K02535
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研究機関 | 大阪教育大学 |
研究代表者 |
瀬戸口 昌也 大阪教育大学, 教育学部, 教授 (00263997)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ディルタイ / ヨルク / ギムナジウム / 教養市民層 / 人文主義 / 教育学 / 解釈学 / 教育哲学 |
研究実績の概要 |
令和2年度においては、ディルタイの教育学関係の論文および著作と、ディルタイが当時かかわっていた、19世紀プロイセンのギムナジウム改革との関係を研究した。研究の成果として、以下のことが明らかになった。 ①ディルタイの著名な教育学論文「普遍妥当的教育学の可能性について」(1888年)は、彼が当時かかわっていたプロイセンのギムナジウム改革を念頭に置いて、その理論的基礎として構想され、発表されたものである。②ディルタイは、当時のギムナジウム改革において人文主義ギムナジウムの存続を擁護する立場をとっているが、その教育課程については、伝統的人文主義教育の形骸化を批判し、その改善の必要性を説いている。③ ディルタイは彼のギムナジウム改革論を、彼の友人であるヨルク伯爵との往復書簡を通して展開し、発展させ、具体化している。④ ディルタイがギムナジウムの教育課程の改革に根本的に求めているものは、彼の言う「歴史的意識」をギムナジウムの生徒に自覚させ、それを発展させることであった。⑤ディルタイは教育改革の原動力を、学校現場における教師たちの教育愛と熱意ある自由な教育実践に置いている。⑥ディルタイの教育学体系は、教育を個別化(個性の尊重)ー社会化(国民教育)ー普遍化(人間性の陶冶)の連関で捉えており、この連関は彼の「生の哲学」(特に「生の作用連関」と「歴史的意識」の概念)に根ざしている。⑦ディルタイは彼の教育学の体系を、彼が以前から構想し、研究し続けている「精神諸科学の哲学的基礎づけ」の適用例と考えている。そこで必要とされているのは、19世紀当時の諸学問の連関の理解である。したがって、ディルタイの教育学の科学性(学問的性格)の現代的意義を考える場合、ディルタイの心理学、倫理学、解釈学などとの関係と、彼の「歴史的意識」の概念の批判的考察が課題となる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
「令和2年度の計画」については、以下の内容を計画していた。 ①19世紀ドイツの教育改革の議論の中で、ディルタイ教育学の実践的目標であったギムナジウム改革に焦点を当てて資料を調査収集し、改革の論点を整理する。②19世紀ドイツの教育改革の背景となっている陶冶思想について資料を調査収集して、それが当時のドイツの国民教育にどのように影響していたのかを考察する。①については、次の資料を中心にして分析を進めた。ディルタイの教育学関係の著作(ディルタイ全集第Ⅲ,Ⅵ,Ⅷ,Ⅸ,ⅩⅣ巻);ディルタイ書簡集第Ⅰ,Ⅱ巻;ディルタイとヨルク往復書簡集など。②については、次の資料を収集して分析を進めた。ヨルクのギムナジウム改革論文「プロイセンのギムナジウム改革について」;野田宣雄『ドイツ教養市民層の歴史』;曽田長人『人文主義と国民形成―19世紀ドイツの古典教養―』;M.クラウル『ドイツ・ギムナジウム200年史』など。 ①と②の研究成果を踏まえて、令和2年度教育哲学会の個人研究発表で発表し(オンライン発表)、この発表を基にして研究成果を論文としてまとめた(大学の紀要論文として現在査読申請中)。以上の進捗状況から、①と②の計画はある程度は達成できたものの、しかし①についてはディルタイの遺稿を含めた文献資料の調査・収集がコロナ禍のために思うようにできなかったこと、また②については、19世紀ドイツの教育改革の背景となっている「人文主義」と「人間性」の概念について、歴史的体系的考察がいまだ不十分な点があると感じており、令和3年度の継続的な研究課題としたい。以上のことから「やや遅れている」との自己評価とした。
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今後の研究の推進方策 |
令和2年度の進捗状況を踏まえて、以下の計画で研究を進めたい。 ①19世紀ドイツの教育改革をめぐる政治的・学問的・宗教的状況のさらなる解明。教養市民層に属したディルタイが、当時のギムナジウム改革にどのようにかかわっていたのかを、当時のプロイセンの政治状況や教育行政の動向、学問的傾向や宗教的傾向から明らかにする。この課題に向けて、ディルタイの書簡集の分析を続ける。②19世紀ドイツの教育改革の背景となっている「人文主義」と「人間性」の概念について、さらなる歴史的体系的考察を行う。この課題に向けて、「人文主義」「新人文主義」「陶冶(Bildung)」「人間性」などをキーワードとして文献収集を続けて、考察を行う。③ディルタイの「精神諸科学の哲学的基礎づけ」の根本原理であり、ディルタイの学問論の確信となっている「歴史的意識」について、批判的考察を行う。この課題に向けて、ヨルクやディルタイ学派(ミッシュ、ノール、ボルノウなど)の歴史観、現象学(フッサールなど)、解釈学的哲学(ハイデガー、ガダマーなど)の歴史意識観に関する文献を収集し、考察を行う。④①から③までを踏まえて、「現代教育学における科学性(学問的性格)とは何か」について研究する。その論点として、現在までところ、以下のような点を想定している。 ○ディルタイの教育学と歴史的な精神科学的教育学と現代の解釈学的教育学との連続および非連続性について;○国民教育と人間性の普遍的陶冶との関係について;○教育学における伝記的研究方法の有効性について;○歴史的意識と教養(Bildung)との関係について;○現代教育学の解釈学的基礎づけの可能性について、など。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた主たる原因として、令和2年度すべての期間を通して、新型コロナウイルスの感染拡大により、国内外の人的移動が困難になったことが挙げられる。予定としては、研究代表者はディルタイの遺稿を収集しているドイツのアーカイブや図書館等を訪問したりする計画であったが、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、海外渡航による資料調査は事実上不可能となった。また、国内においても、ディルタイ・テキスト研究会を定期的に対面で開催することが不可能になった。このような事情から、資料収集・テキスト研究会開催のために使用する予定であった物品費・旅費の支出が予想外に少なくなったことが理由である。 令和3年度は、令和2年度と同様に、政府や自治体の新型コロナ感染拡大防止策が、研究活動に影響することが避けられないものと思われる。海外渡航が可能であれば、旅費を増額して調査研究を実施し、また、海外渡航が困難な場合は、人件費・謝金を増額して、国内外の参加者によるシンポジウム(オンライン形式と対面を含む)を開催することを考えている。
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備考 |
日本ディルタイ協会全国大会シンポジウム「言語と人間形成」司会者報告(雑誌『ディルタイ研究』、第31号、2020年、1-3 頁
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