2023年度は,英国における学校リーダーシップの変質に関わる教育制度理念の歴史的経緯と転換,その影響について明らかにした。1980年代後半における新自由主義的公共改革と教育制度へのその応用は,この時期以降から現在に至るまで企業型の学校リーダーシップの主流化の背景でもある。しかしその背景には,それ以前からの市民社会の成熟のプロセスと,多様性の受容を伴う消費者主義の普及があった。英国の学校においてもこの時期,性や家族形態,人種・民族的多様性を尊重する教育が波及していく。 新自由主義以前の英国では学校管理職,教師らの教育方法,教育内容に対する専門的判断が尊重されてきた。子どもの個性を尊重し,彼らの自発性を伸ばすことを目的とした進歩主義教育は教育学的にも優れた思想であり,積極的に取り組む学校もあった。1970年代,進歩主義に基づく民主主義的な教育活動を展開していたロンドン北部の小学校で,学校の方針への親の疑念と不満が噴出し,教師らの教育活動の是非が問われるという大問題が生じた。この事件は新自由主義政策が導入される少し前の出来事であるが,すでに学校長を含む学校の専門職性が揺らぎ始めていた事実を示すものであったと考えられる。こうした内容を含む研究成果を論文「「個性重視」の教育理念をめぐる原理的一考察-新自由主義と進歩主義-」として発表した。 また,2023年度末には,本研究助成期間中,初めて英国での研究調査を行うことができた。この研究調査では,学校リーダーシップ研究とそこに見出される公共及び教育政策の変質の問題に取り組んできたヘレン・ガンター名誉教授(マンチェスター大学)と会い,リーダーシップ研究,英国における地域間格差の取り組み等,今後の研究活動についての打ち合わせを通じ,直近の英国についての知見を得ることができた。
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