研究課題/領域番号 |
20K02890
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研究機関 | 鹿児島大学 |
研究代表者 |
溝口 和宏 鹿児島大学, 法文教育学域教育学系, 教授 (30284863)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 社会正義 / カリキュラム / シチズンシップ |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、近年の米国でシチズンシップ教育の一潮流として注目されている「社会正義」の教育について、米国での事例の探索と分析から、教師がカリキュラムを編成する際の参照枠となる理論的枠組みや、意図的に編成したカリキュラムを展開する上での調整課題や課題克服のための条件や方策を明らかにすることである。米国における社会正義の教育は、多様な学校種、教科・領域で研究と実践が展開されていることから、社会正義の教育を通じた市民的資質育成の実態を解明するには、教授される特定の内容や短期的に実施される特定の単元に焦点を当てるのではなく、中・長期に渡る意図的・計画的なカリキュラムの編成の論理と、子供の学習状況の評価に基づく形成途上での柔軟なカリキュラムの調整・修正の過程と方法に焦点を当てる必要がある。 これまでの文献等に基づき、米国における社会正義を志向する教育は、社会科の果たす役割を、貧困や差別、格差を生み出す社会の構造的問題に対する、異議申し立て活動の考察や実践に中心に置く、いわゆる「対抗」を基軸とする立場と、社会的弱者や少数者の異議申し立てを社会として受け止め、そうした人々と共に社会の在り方を探究しようとする、いわゆる「包摂」を基軸とする立場とに大別できることを把握した。前者はさらに、異議申し立て活動を行った人物の行動の考察を踏まえて実践へと向かわせようとするものや、異議を申し立てる言説の分析から異議申し立ての遂行へと向かわせようとするものなど多様な方法が研究者などから提唱されている。こうした異なる立場、多様な方法によって展開しうるとされる社会正義を志向する教育が、実践のレベルでどのようにカリキュラムが編成され、社会正義の意識を醸成しようとするのか、実践者のカリキュラム構成の特色やアプローチの多様性を把握するとともに、その理論的な枠組みについて検討を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
本研究では、「社会正義意識の醸成を図る社会科カリキュラムの展開方法に関する国際調査研究」として、米国に赴き、実際の社会科カリキュラムの展開や調整方法、さらには直面する課題等について、現地での社会正義に係る授業実践の観察や教員への聞き取りなどから、社会正義意識を醸成するカリキュラムを構成する上での理論的実際的な知見について必要なデータを収集し、分析を行う予定であった。21年度においても、可能な限り渡航による調査の機会を設けたいと考えていたものの、昨年度に引き続き、新型コロナウィルス感染症の世界的流行拡大の状況が続いたため、米国における大学や学校への訪問調査を実施することができなかった。また学内教学事項に係る様々な対応を進める職責上の立場もあり、想定エフォートをこなすことが極めて困難であった。 米国への渡航調査は感染状況を見据えて判断することとし、社会正義の意識醸成を図る社会科教育について、既に収集していた資料の読解や新たな資料の収集を引き続き実施するとともに、訪問調査での具体的な調査内容の設定と、聞き取り調査のフレームワークの構成を先行研究の分析をもとに検討を進めている。 渡航調査での対象者については、米国の研究者の協力を得ながら、特に社会系教科目の教育において社会正義の意識の醸成に関心を寄せる実践者の選定を進めている。例えば、社会科の教科目を中心に社会正義の教育に関心を寄せ実践を重ねている、オハイオ州マイアミ郡のTalawanda High School の教諭Heath Kelly氏からは、担当する教科目で実際に展開されている内容や学習活動の一端を把握できるオンライン・カリキュラムの情報提供を頂いている。こうした情報に基づきカリキュラム構成についての分析を進める一方で、そこから得られない理論的実際的知見については必要な情報を今後の調査にて収集すべく準備を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
米国においては、コロナ禍ではあるが社会経済活動が順調に回復していることから、今年度内に可能な限り、現地での訪問調査の計画を進める予定である。訪問調査では、現地の学校において社会正義に係る主題や問題を扱っている社会科授業の実践や生徒の学習状況の観察を行うとともに、調査対象となる実践者が展開しているカリキュラムの実際について、カリキュラム編成とその調整に係る実際的な工夫や課題について把握する。視察を行う対象校や対象者については、知己や面識のないことが予想されるため、視察に赴く前に、実践者に対する簡単な質問紙調査等を行った上で、進める。 米国における社会正義を志向する教育の様々な立場については大まかな類型を把握できているので、これらの類型と、調査の協力を頂く実践者のカリキュラム構成に関するアプローチ等を照らし合わせる作業を通して、実践者のカリキュラム構成について、より実態に即したカリキュラムを調整する理論的実際的知見を把握できると考えている。具体的には社会正義の意識の醸成を図る上で、実践者が展開しているカリキュラムの実際について、単元や年間計画に関する詳細な資料を参照させて頂きながら、実践者に対し、社会正義意識の醸成を図るカリキュラムを構成するアプローチや、それを具体化する上での工夫や実践上の課題等についてデータ収集を行い、個々の実践者のカリキュラム構成の特色やアプローチの多様性について実態を把握したいと考える。しかしながら、こうした内容の把握を質問紙調査において実施することは、調査協力者にも過度の負担をかけることが予想されるため、可能な限り現地での聞き取りに基づいて進めることが望ましいと考える。回答に無理のない範囲での質問紙調査の充実を図りつつ、対象者との調整を図り、インタビュー調査を実施することとする。
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次年度使用額が生じた理由 |
令和3年度、米国での国際調査のための渡航費として予算計上していた旅費については、新型コロナウィルス感染症の国内外による拡大のために、米国による国際調査が実施できなかったこと、また国内においても移動の制限がかかる時期もあるなど、旅費使用の機会が著しく減少したため、全額未使用となった。 令和4年度については、年度末までの米国での調査を計画し、使用する予定としている。
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