研究課題/領域番号 |
20K02890
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研究機関 | 鹿児島大学 |
研究代表者 |
溝口 和宏 鹿児島大学, 法文教育学域教育学系, 教授 (30284863)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 社会正義 / カリキュラム / シチズンシップ |
研究実績の概要 |
2022年度前半においては、コロナ禍において米国への訪問が依然難しい状況でもあったことを受け、米国における社会正義の教育に関する文献調査を進める中で見出した、ウェストハイマーらによる米国で育成される市民類型における社会正義の教育の意義や、カミシアやノウルズらによる社会正義教育のための社会問題学習論などを参考に、我が国の社会科や公民科において実践可能な授業開発を試みた。具体的には、社会正義の面から税制度の在り方を問い直す高等学校公民科の授業開発を行うとともに、開発した単元を鹿児島県内の高等学校において実践した。また単元開発の論理や開発した単元の実際、および実践から得られた成果について、全国社会科教育学会第71回全国研究大会シンポジウムにて「価値的知識の成長を通じた市民的資質育成の論理と方法-社会的論争を俯瞰する制度学習の開発を通して-」の題目で報告を行った。 年度後半においてはコロナ禍での海外渡航の緩和を受け、米国での訪問調査を計画し、3月19日~29日の日程で米国テキサス州オースチン(テキサス大学)とマサチューセッツ州ボストン(ボストン大学・マサチューセッツ大学)ならびに近隣都市の学校を訪問し実施した。米国社会科における社会正義の教育カリキュラムの展開方法については、社会正義の教育として育成すべき資質・能力や、社会正義が求められる社会課題の捉え方において、立場の違いや多様性が見られるが、テキサス州では、人種問題の自覚と解決への意識の向上を図るため批判的人種理論など人文・社会科学の成果に基づくカリキュラム構成を志向する立場や、マサチューセッツ州では、社会の構造的問題に取り組むことのできる資質育成のため、民主社会の形成に向けた市民による政治的社会的運動の歴史と方法に基づくカリキュラム構成を志向する立場について、カリキュラム編成やその実施に係る研究者や現場教師の考え方を調査した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
本来であれば、申請当初の2020年度より米国での訪問調査を実施する予定で旅費の交付も受けていたが、2020年度および2021年度については感染状況の拡大と海外への渡航制限のため調査の実施は困難であった。その間においては、文献調査を中心としながら、米国における社会正義の教育について社会科教育の領域での研究動向の整理を進めた。 米国における社会科を中心とする社会正義の教育カリキュラムの展開方法については、社会正義の教育として育成すべき資質・能力や、社会正義が求められる社会課題の捉え方において、立場の違いや多様性が見られる。例えば、人種問題の自覚と解決への意識の向上を図るため批判的人種理論など人文・社会科学の成果に基づくカリキュラム構成を志向する立場や、同じく人種問題を扱うにしても、社会の構造的問題に取り組むことのできる資質の育成のため、民主的社会形成に向けた市民による政治的社会的運動の歴史と方法に基づくカリキュラム構成を志向する立場、さらには社会課題や社会的論争をめぐる言説への批判的考察力を育むため、社会課題をめぐる論争での権力関係を視野に入れつつ言説間の比較分析を行うための技能に基づくカリキュラムの構成を志向する立場などが見られる。こうした社会正義を実現する上で求められる資質・能力の異なりに応じたカリキュラム構成の考え方があり、またこれらの論を踏まえながら学校現場で実際にカリキュラムを編成している教師の営為がある。 今日の米国の学校現場における社会科の実践においては、州のカリキュラムスタンダードに基づくテストへの対応もあり、社会正義の教育を核としたカリキュラム編成を行うにしても、スタンダードの求める内容との整合性を図りつつ進める必要があり、その点において現場の社会科教師のカリキュラムに関するゲートキーピングの論理を現地での調査も踏まえながら検討を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
社会科における社会正義の教育に関するカリキュラム編成の方法とその論理について、2022年度末に実施した米国の訪問調査では、米国テキサス州オースチン(テキサス大学)にて人種問題の自覚と解決への意識の向上を図るため批判的人種理論など人文・社会科学の成果に基づくカリキュラム構成を志向する立場について、マサチューセッツ州ボストン(ボストン大学・マサチューセッツ大学)にて、社会の構造的問題に取り組むことのできる資質育成のため、民主社会の形成に向けた市民による政治的社会的運動の歴史と方法に基づくカリキュラム構成を志向する立場について、それを主張する社会科教育研究者や、それらの考えを基に学校現場において自らの社会正義の視点を取り入れたカリキュラムを編成する社会科や歴史の教師と面談した。 今後は、これらの立場におけるより具体的なカリキュラム編成について、これらの論に見られる考え方と立場を共有しつつ、学校現場でカリキュラムを編成している教師の実践をもとに、編成の実際と論理を明らかにしていく。必要に応じて、米国での訪問調査の際に知己を得た教員への追加調査等を実施して進めたい。 また、昨年度において実施できなかった、社会課題や社会的論争をめぐる言説への批判的考察力を育むため、社会課題をめぐる論争での権力関係を視野に入れつつ言説間の比較分析を行うための技能に基づくカリキュラムの構成を志向する立場の研究者に対して、社会正義の教育のためのカリキュラム編成の論理と方法に関する聞き取りを行うとともに、可能であれば訪問調査を行い、それと立場を近しくする現場の教師に対して、カリキュラム編成やその実施に係るより具体的な考え方を調査することを進めて行きたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
申請当初の2020年度より、3年間にわたって複数回の米国での訪問調査を実施する予定で旅費の交付も受けていたが、2020年度および2021年度については新型コロナウィルスの感染状況の拡大と海外への渡航制限のため調査の実施は困難であった。そのため、年度ごとに交付される旅費について次年度への繰り越しを繰り返せざるを得なかった。 2022年度後半においてコロナ禍での海外渡航の緩和を受け、米国での訪問調査を3月に実施することができたものの、これまで未消化であった複数年度分の海外渡航費の未消化分の旅費を、単年度で複数回渡米あるいは、長期間にわたって渡米・滞在して執行することは、申請者の職責に伴う業務遂行に著しく影響を及ぼすため、実質的に困難であった。そのこともあり、助成の最終年度であったが次年度までの補助期間延長の手続きを申請し、受理されたところである。次年度は、残額の範囲内で可能な、調査の方向を検討し、着実に執行する予定である。
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