R4年度は,これまでの横断研究の成果を学術論文としてまとめ,投稿し,査読者からの指摘に対応し,掲載に至った。並行して,被害的認知,共感,対人葛藤の影響過程モデルの因果関係を検証するため,実験室実験を実施した(n=92)。具体的には,実験参加者に過去の対人葛藤場面を想起してもらい,共感を喚起し,葛藤解消につながる態度を質問紙で測定した。想起の際に被害的認知を操作するため,自己の受けた心理的苦痛に着目して想起してもらう条件と,出来事を順に想起してもらう統制条件のいずれかに参加者をランダムに割り振った。この操作の効果を確認するため,調査Iにおいて開発した被害的認知尺度を用いた。次に,調査I・IIにおいて見出された共感の2つの側面を検討するため,相手の心理的苦痛について想像して記述してもらう条件(情動的共感の喚起)と,相手の視点に立って想像して記述してもらう条件(認知的共感の喚起)のいずれかに参加者をランダムに割り振った。これらの操作の後,葛藤の相手を避ける動機づけや報復動機づけ(葛藤を維持する動機づけ)が低下するかを検討した。実験の結果,まず,被害的認知の喚起の操作は有効であることが示された。すなわち,自己の心理的苦痛に注目して想起してもらう条件では,統制条件に比較し,被害的認知尺度の得点が有意に高かった。また,被害的認知が喚起される条件では,統制条件に比較し,報復的な動機づけがより高くなっていた。この結果は,被害的認知が喚起されると葛藤解決に向かう動機づけが弱まることを示している。また,この被害的認知と報復的動機づけの関係は,情動的共感条件でより強くみられた。これらの結果から,被害的認知が喚起されると,通常は葛藤の解決に寄与する情動的共感(相手の心理的苦痛を想像すること)の効果が弱くなることが示唆された。
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