研究課題/領域番号 |
20K03314
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
今井 芳昭 慶應義塾大学, 文学部(三田), 教授 (20192502)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 社会的影響力 / 勢力 / 影響力保持者 / 認知 / 影響力感 / コントロール感 / BIS/BAS |
研究実績の概要 |
本研究は、Keltner et al.(2003)による影響力の接近/抑制理論を始めとする諸理論に基づいて、影響力の行使やその想起が、特定の認知パターン(ポジティブ感情、行動活性システム(BAS)、抽象的解釈、リスキーな意思決定、変革性など)を活性化させる現象に注目している。しかしながら、本研究において2020-2021年度に実施した3つの実験結果はその現象を支持しなかった。Den Hartog(2004)の国際比較研究によれば、日本においては、他者に対して主張することが諸外国に比べて相対的に低いことが指摘され、欧米圏で見出された「影響力-認知の関連性」は、日本においては認められない傾向が示唆された。2022年度も、実験条件や方法的問題点を改善した上で、さらにデータを収集してこの関連性について検討することにした。 2021年度までウェブ調査会社で質問紙実験を実施したが、実験操作となる自由記述部分を研究者の意図通りに実験参加者が記述しないことが認められた(分析可能なデータ提供者の比率は全体の20%以下)。2022年度はCrowdWorksという総合型クラウドソーシングサイトを用いて質問紙実験を実施した。 しかしながら、他者に影響を及ぼしたことを想起することが、影響力感を高めることは認められるものの、想起によってポジティブ感情、BAS、抽象的な解釈、リスキーな判断が、他者から影響を受けたことを想起した場合よりも活性化されるという結果は見出されなかった。日本における影響力-認知関連性はあまり認められないようである。 また、当初の計画では、影響力を保持、行使することによる認知の変化に基づいた、影響力保持者に対する説得方法まで検討する計画であったが、そのような認知変化を支持するデータが得られないことが見出され、本研究では、日本における影響力-認知関連性について検討を行うことにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2022年度は2つの実験を行った。実験4(本研究4番目の実験)においては、CrowdWorksに登録し、本実験への参加に応募した354人を対象にオンライン実験を実施した。独立変数は、実験3と同様、影響条件、被影響条件、リーダーシップ条件、統制条件であった。従属変数として、影響力感、BIS/BAS、リスク追求、解釈レベル、変革性を設定した。その結果、他者への影響想起群は、他者から影響を受けた事例の想起群よりも、自分には他者に影響を与える能力があると認知していた。しかし、他の従属変数について有意な結果は認められなかった。実験4については、第68回日本グループ・ダイナミックス学会においてポスター発表を行った。 実験5においては、独立変数として、リーダーシップ条件の代わりに報酬/罰条件を設定した。リーダーシップ条件は、実験2, 3において特に影響条件との差が認められなかったからである。報酬/罰条件は、影響力の定義に近い操作方法である。その結果、影響群の方が被影響群よりも影響力感の大きいことは認められたが、他の変数については、有意な結果は認められなかった。報酬/罰条件による効果も特に認められなかった。また、自由記述された文章をKH Coderでテキスト分析し、使用頻度の高かった単語から類推すると、影響条件においては、ビジネス場面において新しい提案を行い周囲の人物に影響を与えたこと、被影響条件においては、新人時に上司から影響を受けたことが記述されていた。 2020年度から実施した5つの実験を通して、日本においては対人的影響もしくは影響力に関する認知的枠組みが欧米圏に比べて希薄であり、Galinsky et al. (2003)が考案したエピソード想起では影響力感には影響があっても、他の認知に対する効果は小さいようである。現在、実験1と実験5に基づいて論文を作成し、投稿中である。
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今後の研究の推進方策 |
2021-2022年度に渡り、「影響力-認知関連性」について5つのオンライン実験を実施し、以下のような結果が得られているので、これらに基づいて論文を作成し、2023年度はその成果を発表することを目指している。 諸実験の結果、他者への影響事例想起群の影響力感(sense of power)が被影響事例想起群よりも高くなることは認められたが、その他の従属変数(BIS/BAS、リスク追求、変革性、解釈レベル)については、諸理論が予測する結果は認められなかった。この結果を解釈するにあたり、2点を挙げることができる。一つは、文化差である。特に本研究で対象としている対人的影響については、文化的規範(cultural norms)による影響が考えられる。Den Hartog (2004)によれば、日本は他文化に比べて他者に対する主張性が低く、また、Oyserman et al. (2002)やTorelli et al. (2020)によれば、日本は平等主義的-階層的次元において中間の位置を占め、やや集団主義的である。こうした西欧文化圏と異なる文化的背景が本研究の結果に影響を与えている可能性が考えられる。2点目は、社会的影響力の保持もしくは行使に関する操作方法である。本研究では想起法を用いたが、他にも一時的集団における報酬分配法、対人的影響実施法などがある。他の操作方法を用いた結果の再現性についても考える余地があり、この点については今後の課題としたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
影響力-認知関連性(power-cognition relationships)について5つの実験を実施したが、諸理論の予測に反する結果が認められた。従来の結果が再現されなかったので、慎重を期して、方法や実験条件も変えながら実験を繰り返した。5つの実験においてほぼ共通した結果が得られているので、文化差について指摘しながら本研究の成果を英論文として刊行することを目指している。残額ではこれ以上の実験を実施することは不可能であるが、論文刊行のために(英文校正)、残額を使用する計画である。
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