トラウマに対する精神療法の一つに眼球運動による脱感作と再処理法(Eye Movement Desensitization and Reprocessing; EMDR)がある。この心理療法は心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療として開発されたが,その後,治療対象は拡がり,これまでに急性ストレス障害,不安症,恐怖症,適応障害,うつ病,パニック障害,解離性障害,愛着障害,身体醜形障害,性的障害,慢性疼痛,片頭痛,そのほかの身体症状にも適用され,その効果が認められている。EMDRのメカニズムについての仮説は挙げられているが,まだ解明はされていない。本研究では,近赤外線分光法(Near-infrared spectroscopy; NIRS)による脳活動のレベルでの変化を捉えることで,EMDRの脳機構を明らかにすることを目的とした。対象者はPTSD及びトラウマに対してEMDRによる治療を行う臨床例10例であった。書面による同意書を得て,EMDR実施時のNIRS測定を行った。NIRSの測定はArtinis社のOctaMon plus 8ch及びNeU社のHOT-2000を用いた。本研究では測定部位として前頭葉の背外側前頭前野 (dorsolateral prefrontal cortex; DLPFC) に焦点を当てた。全症例においてEMDRのセッション開始とともに徐々に左DLPFC近傍の賦活が上昇していき,やがて右DLPFC近傍の賦活も見られるようになっていく傾向を認めた。EMDRによる精神療法がDLPFCの賦活と密接に関わっている可能性が示唆された。本研究で得られた結果から,DLPFCは不安制御の役割を担い,EMDRがDLPFCを刺激し,トラウマに対する感情制御を行うという効果をもたらしていることが示唆された。
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