研究課題
統合失調症における認知機能障害は,患者の生活能力や機能的転帰に対して強い影響力をもち,当事者の社会参加を阻む大きな障害となっている。従来の研究では,統合失調症はドーパミン過剰状態の表れであるとされてきたが,ドーパミン系に作用する抗精神病薬だけでは統合失調症の認知機能障害を十分に改善できないことから,非ドーパミン系の寄与を含めた理解が必要であると考えられている。本研究では,神経生理学的なデータに基づき,統合失調症の認知機能障害と神経伝達系の関連を検討するため,瞳孔径と網膜電図の測定を行った。従来から,瞳孔径は覚醒と注意に関連する青斑核ノルアドレナリン系の活動を反映すると考えられている。また,瞳孔径の測定に用いられるアイトラッカーは,参加者の身体的・精神的負担が少ない非侵襲的測定法と考えられている。本年度は統合失調症患者(N=25)と健常成人(N=27)を対象にした実験を実施し,各種データの収集をおこなった。具体的には,神経心理学的検査として,各種認知機能を測定する課題に加え,統合失調症の症状評価を行う半構造化面接や,病前知能を推定する課題を実施した。さらに,推論課題を行なっている患者群・健康成人群の瞳孔径をアイトラッカーにより測定した。推論課題実施時の瞳孔径と,実験参加者の課題パフォーマンスの関係の分析から,健康成人では課題に対する予測の不確実性が瞳孔サイズと関連することが見出される一方,統合失調症患者ではそのような関連が見られないことが明らかになった。瞳孔径は覚醒システムを反映すると考えられているが,覚醒システムは内部モデルの予測性が低下したことを伝達する役割があるとされる。これをふまえると,患者群の課題パフォーマンスの低下は,覚醒システムの異常な働きによって,予測の不確実性のフィードバックが十分に伝達されない結果生じる可能性が示唆される。
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Neural Computation
巻: 34 ページ: 2388~2407
10.1162/neco_a_01545