記憶の固定とは,学習直後の脆弱な記憶が安定した長期記憶に変化する過程であり,これまでの研究において,金銭的報酬が提示されることによって,線条体などの報酬系においてドーパミン細胞が活性化し,海馬における記憶の固定が促されることが示されている。一方,社会的報酬の一つである魅力的な顔が提示されているときに,線条体や眼窩前頭皮質(OFC)などの報酬系に関する脳領域が活性化することが認知神経学的アプローチによって示されている。したがって,魅力的な顔は,金銭的報酬と同様,記憶の固定を促進する可能性が考えられるものの,このような可能性を検討した研究は皆無である。そこで,本研究では,報酬の効果(=ドーパミンによる媒介効果)から,動機づけや注意の媒介効果を分離することを可能とするパラダイムを援用し,社会的報酬が記憶の固定に及ぼす促進効果を検討するとともに,そのメカニズムを解明することを目的とした。 2022年度は,研究最終年度であるため,報酬の効果から,動機づけや注意の媒介効果を分離することを可能とするパラダイムを援用することによって,ドーパミン調整仮説に基づき,社会的報酬が記憶の固定に及ぼす影響を検討するための実験を行った。その結果,特に,遅延条件において報酬の効果は有意ではなく,ドーパミン調整仮説の妥当性の検証には至らなかった。仮説通りの結果が出なかった点については,刺激や記憶成績の水準など問題も考えられるが,金銭的報酬に比べて,人の顔の魅力は報酬として効果が弱く,この点が問題である可能性があると同時に,今後,継続して検討すべき課題であると考えられる。
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