研究実績の概要 |
最終年度は,これまでの研究成果として「等距離写像の構造」,「Tingley問題の部分的解答」に関して顕著な結果をあげることができた. 等距離写像に関しては,単位開円板上の有界正則関数全体のなす可換Banach環に付随した,ある種のBanach空間上の全射等距離写像の構造を,線形性を仮定することなく決定することに成功した.この定理は,1985年に発表されたNovinger and Oberlinの結果で残されていたp=∞の場合を,等距離写像の全射性を仮定することで,線形性を仮定せずに解決したものである.有界正則関数のなす可換Banach環の極大イデアル空間の構造は非常に複雑であるが,Choquet境界の性質をうまく引き出すことにより,長年未解決であった問題の部分的解答を与えることに成功した.ここで用いられた手法を洗練させることにより,単位開円板上の正則関数で,境界上でn階連続微分可能であるものからなるBanach空間上の全射等距離写像も解明できることが明らかになった. 一方,Tingley問題に関しては,uniformly closed function algebraと呼ばれる可換Banach環について考察し,肯定的な結果が得られた.より正確に述べると,A,Bをuniformly closed function algebrasとし,S(A), S(B)をそれぞれA, Bの単位球面とする.このとき任意の全射等距離写像Δ:S(A)→S(B)は,AからBへの全射実線形等距離写像に拡張されることを示した.さらにuniformly closed function algebraとはならないBanach空間に対してもTingley問題を考察するため,連続微分可能な複素関数のなすBanach空間を抽象化し,それらの単位球面の間の全射等距離写像がBanach空間全体に拡張可能であることを証明した.このBanach空間は,Hausdorff distance conditionと呼ばれる性質をみたさないことを示すとともに,この性質を用いない証明方法によりTingley問題を解明した.
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