研究課題/領域番号 |
20K03672
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研究機関 | 千葉大学 |
研究代表者 |
白川 健 千葉大学, 教育学部, 教授 (50349809)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 双曲型仮似変分不等式 / 画像ノイズ除去 / 結晶粒界運動 / 最適性制御問題 / 動的境界条件 / 時間周期解 / 時間無限大における解挙動 / 数値計算アルゴリズム |
研究実績の概要 |
令和5年度では、「(A)フィードバック型形態変動を伴う自由境界の数学モデルの構築」「(B)最適制御問題の提案と数学解析」「(C)自由境界の形態変化に対する考察」「(D)数値計算による結果の再検証」の4つの課題において、以下の成果を得た。 [課題(A)] 双曲型の仮似変分不等式によるフィードバック型形態変動の数理モデルを新たに提案し、抽象数学理論による数理解析法を構築するとともに、査読付き論文1編を発表した。更に、画像ノイズ除去において、白黒画像の方位情報を動的に調整するフィードバック機能を搭載した数理モデルを構築し、画像データの最適化を実現する解の存在を、2024日本数学会年会で発表した。 [課題(B)] 昨年度より継続中の結晶粒界運動の擬放物型数理モデルの研究において、「解の正則性」「物質の凝固・融解との相互作用を伴う場合」「最適制御問題の数理解析」に関する研究成果を得た。他方で、放物型の数理モデルの研究においても進展があり、「動的境界条件を課す場合」「時間周期解の存在」に関する新たな成果を得た。これらについては、査読付き論文3編、国際研究集会4件、国内研究集会5件の形で成果を発表した。 [課題(C)] 前年度からの継続課題である、3次元結晶粒界運動の数理モデルの研究において、エネルギー消散を伴う解の存在を保証した。更に時間無限大における解挙動についても考察を進め、定常状態の自由境界の形態の支配方程式を明らかにした。これらの研究成果については、査読付き論文1編、国際研究集会1件の形で発表した。 [課題(D)] 結晶粒界運動と形状記憶現象の双方の最適制御問題に適用可能な数値計算アルゴリズムを構築し、これを実装した数値シミュレーションも行った。その上で、得られた一連の成果を査読付き論文1編、国際研究集会2件、国内研究集会2件の形で発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
令和5年度は、研究実績の概要欄で述べた(A)~(D)の全ての課題において成果を挙げることが出来た、実りの多い年度であったといえる。 前年度では(D)の数値計算における研究協力関係の増強を急務としていたが、当該年度では専門家の奥村真善美氏(甲南大)を研究協力者として加えることで、数値計算の活動実績を具体的に示すことができた。他でも研究代表者の研究室に博士後期課程学生が1名が加わったことで、数値計算の多人数体制の実現についても、戦力確保の見通しが得られた。また、(B)における動的境界条件や時間周期解に関する成果は、上記の研究協力関係を増強する活動の一環で偶然得られた着想に基づいた成果である。 他方で、(A)における双曲型仮似変分不等式に関する成果が得られたことにより、放物型・擬放物型を中心としてきた本研究に「双曲型」という新たな方向性が加わり、研究活動の幅が大きく拡大した。更に、方位の動的調整機能を実装した白黒画像処理過程は、海外研究協力者のH. Antil氏 (米国) との共同研究活動で着想を得たものである。加えて、上記の発展版であるカラー画像処理過程は、S. Moll氏 (スペイン)・渡邉紘氏 (大分大) と取組中の3次元結晶粒界運動モデルと数式が一部共通しており、この意味において今後の展開が大いに期待できる。 しかしながら、令和5年度の成果には当初の想定にないものが多く含まれるため、計画全体を俯瞰すると順調とはいえない状況にもなっている。実際、年度開始時には(D)を援用して(C)の活動に取り組むことも計画していたが、こちらについては、当初の期待通りの成果が得られているとは言い難い。 以上を勘案すると、令和5年度の活動については、多彩な成果が得られたという点で評価すべき点はあるものの、計画の進捗という観点では「やや遅れている」という評価が妥当であると自己評価している。
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今後の研究の推進方策 |
令和6年度は、成果の発表を最優先とした活動を計画している。現時点で成果を有望視しているのは以下3つ課題である。 [(I) 結晶粒界運動モデルの最適制御の数値計算] 数値計算については、令和5年度に開拓した真善美氏(甲南大)氏との研究協力体制の下で、既に成果報告の計画が進行中である。特に、結晶粒界モデルの最適制御問題に対しては、モデルケースである空間1次元の場合の数値計算アルゴリズムは構築できており、数値実験データの解析が終わり次第、成果発表する予定である。また、2次元結晶粒界運動モデルについても、構造保存アルゴリズムに基づく数値計算データは既に得られており、空間1次元での成果を足掛かりに、2次元の最適制御問題にも着手可能な見通しである。 [(II) 画像処理過程] 現時点では、白黒画像処理過程のアルゴリズムの最適化に取り組んでおり、H. Antil氏 (米国)と真善美氏(甲南大)との協力関係を中心に進める計画である。最適化における理想は、とかく競合しがちな「計算コスト(微分の階数)の軽減化」と「数値データの精度向上」とを両立させることである。本研究では、擬放物型方程式に基づく独自のアルゴリズムを構築中であり、数理解析の部分については、成果発表する算段が付いている。更に、提案アルゴリズムを実装した数値実験も計画しており、従来型と比較した最適性の向上度合いを数値化することも、成果の目標範囲に含めている。 [(III) 仮似変分不等式の数理解析] 前年度に進展のあった双曲型仮似変分不等式の研究の継続課題として、最適制御理論の構築に取組中である。こちらについては、数値計算に有効な近似法の構築が焦点となっており、過去の放物型の場合における解析法を拡張する形で、成果が得られる見通しである。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究計画では、海外研究協力者であるH. Antil氏 (米国) とS. Moll 氏 (スペイン)との、対面式での研究討論を中心とする連携を重視している。実際この連携関係は、自由境界問題および数値計算の専門知識・技術に関する詳細な情報交換を行う上で、本研究の活動を大きく支える存在である。計画の遅延については、大本を辿ると令和2年度~4年度のコロナ禍の影響まで遡り、これにより両国間で確実に安全な日程を組むことが難しい状況が続いたことが、主な要因となっている。令和5年度以降に状況が好転したことで、後れを取り戻すべく海外協力者との研究討論を行う機会を、例年より多く確保した。しかしながら、計画を完全に達成するまでには時間が不足しており、多くの研究成果が実発表のまま残されている。 これを踏まえ、令和6年度では未発表の研究成果の発表活動を最重要視して、未使用額を執行する予定である。現時点では、8月にブラジル、9月にイタリアで開催予定の国際研究集会において成果発表を行うことが決まっており、出張旅費としての使用目的が一部確定している。更に、研究成果の発信力の強化も視野に入れ、執筆論文の中でも学術的に特に重要度の高いものについては、論文のオープンアクセス公開にかかる費用も、未使用額の使用用途に加える。
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