研究課題/領域番号 |
20K03790
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研究機関 | 愛媛大学 |
研究代表者 |
渕崎 員弘 愛媛大学, 理工学研究科(理学系), 教授 (10243883)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ヨウ化錫 / ポリアモルフィズム / 非晶質状態間遷移 / 秩序変数 / 密度 / 対称性 / 逆モンテカルロ法 / エントロピー |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、より広い熱力学的見地から複数の液相(含準安定非晶質状態)出現の熱力学的トレンドを明らかにすることである。相転移(あるいは状態遷移)前後でのエネルギー(あるいはエンタルピー)変化とエントロピー変化から,このトレンドを定量化する指標が抽出できると予想している。この指標を評価にはエントロピーの見積もりが鍵となる。即ち、液体(あるいは非晶質状態)という不定形構造を可能な限り、正確に知る必要がある。ヨウ化錫を対象物質とする。 ダイヤモンドアンビルセルを用いて得られた非晶質状態の放射光X線角度分散回折データを構造因子に変換後、逆モンテカルロ法を用いて非晶質構造を推定し、次の結果を得た。低圧(低密度)非晶質Am-II構造はヨウ化錫分子の不規則構造であり、低圧(低密度)液相Liq-II構造と本質的に違わない。Am-IIから高圧非晶質状態Am-Iへの遷移には急激な密度変化を伴う。また、Liq-IIから高密度液相Liq-Iへの転移の際に見出された分子の対称性低下がAm-II→Am-I遷移でも生じる。即ち、大局的保存秩序変数である密度が非保存の局所秩序と結合し得るという、ポリアモルフィズムを熱学的に議論する上で新たな結合様式の存在を見出した。さらに、Am-Iは14~18 GPa付近を境に別の状態に遷移することを発見した。高圧側は完全に分子解離した状態である。低圧側は金属ヨウ素結合で連結された歪んだ分子から成る構造である。この状態間遷移では密度が連続的に変化する。Am-II、およびAm-Iの高圧状態に関してはエントロピー推定に耐えられる精度の構造を得た。一方、Am-Iの低圧状態に関しては再測定が必要である。 これらの結果を国際会議GDK2021で報告し、論文にまとめてJ. Phys.: Condens. Matterへ投稿した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
申請時に計上した研究エフォートを配分できなかった。申請時点でも系長補佐として部局運営に携わっていたが、昨年度末にコース(学科)長、および大学院専攻長に選ばれ、運営のためのエフォートが追加された。年度前半は、コロナ禍における様々なガイドライン策定に追われる一方、遠隔授業用の教材準備への対応にも多大な時間を割かざるを得なかった。研究に着手できたのが夏以降になったため、その分、ビハインドになった。
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今後の研究の推進方策 |
ヨウ化錫非晶質状態の構造推定を終えたので、申請書に記述した方法を用いて各状態のエネルギー、およびエントロピー推定を行っている。前者に関しては未定のパラメータがあるが、現時点では、7 GPaと60 GPaで安定な構造転移が得られるように選んでいる。また、Anisimovらは液-液転移の現象論を擬正則二溶体理論から拡張した(Phys. Rev. X 8, 011004 (2018))が、報告者が見出した密度と局所対称性の結合が、この拡張理論に収まるのか否かを示す必要がある。この結合様式は報告者も本科研費申請時点では予想していなかったもので、従って、Anisimov理論の検証、あるいは拡張は申請段階では計画されていないが、水型四面体構造を構成要素とする、水、リンや硫黄などの多くの液-液転移をカバーする基礎理論となり得るため、エクストラエフォートを費やす価値がある。 Am-Iの高圧状態は最高圧結晶相CP-IIIの準安定状態のはずである。これらに対し、熱力学的に安定な不定形液相Liq-IIIが存在するはずである。上述のエネルギー、およびエントロピー見積もりが完了すれば、この予想に答えることができる。また、Am-Iの低圧構造は未解明の結晶相CP-II構造と関連があるはずである。この点を精査するための高圧下での放射光X線その場観察実験を令和3年度に実施する。精査に要する強度を得るために加圧にはマルチアンビルプレスを利用する。観察に必要な高圧環境が得られる試料周りの環境は令和2年度中に整えた。また、KEKでの本実験課題が採択されている。 令和2年度の計画はビハインドながら、機会学習を行なえる計算環境を研究室で整えた。不定形構造解析に機械学習を適用する方法も新たに探る予定である。上述のエネルギーパラメータ推定に対しても機会学習の応用が期待できる。
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次年度使用額が生じた理由 |
成果報告を予定した2020年9月開催の欧州高圧国際会議は新型コロナ感染防止のため渡航できず、参加を断念せざるを得なかった。2021年3月にドイツで開催予定であった国際結晶学会は遠隔方式に変更された。同様に、国内では2020年9月の熊本大で開催予定であった日本物理学会も遠隔実施となった。申請時には、これらの会議や学会への参加旅費を計上していたが、使用する必要がなくなった。 これらの費用の一部を結晶構造解析用の市販ソフトウェア購入に充てることにする。当初、この解析ツールは自前での開発を予定していたが、予算を有効活用し、市販品を購入することにより、開発時間を令和2年度の計画遅れを取り戻すことに費やす。また、それらの他の一部を利用して、PC周りの遠隔発表用環境を整える。 昨年度購入予定であった計算サーバーは予定機種のCPUメーカーが変更されたため、市販開発環境のデバグ作業が十分でないことが懸念されたため、購入を見送った。これは開発環境とともに令和3年度に購入する。 令和3年度の学会・国際会議参加発表については、現時点では計画通りに予算執行する予定である。
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