研究課題
光電場の位相を制御した高強度の単一サイクル近赤外光を用いて強相関電子系の高次高調波発生を調べている。高次高調波の測定を通して、超伝導や強磁性、強誘電性といった多彩な電子状態に関係した超高速電子ダイナミクスの観測を目指す。有機超伝導体κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Brを対象とした予備実験において、第二および第三高調波発生を観測していた。本研究では、対称心を有する本物質では禁制であるはずの第二高調波発生に注目し、試料温度、照射光電場の位相(CEP:キャリア‐エンベロープ位相)、照射光強度に対する依存性をはじめ、偏光特性やスペクトル形状などを詳細に調べた。単一サイクル光のCEPを変化させながら第二高調波を観測すると、その発生強度がCEPの半分の周期で変化する様子が確認された。この結果は、単一サイクルの光強電場によって超高速(ペタヘルツ)の非線形電流が駆動されたことを示唆している。さらに、超伝導ゆらぎの発達が予想される転移温度近傍(T > Tc = 11.6 K)で、第二高調波の発生強度が増大するふるまいを観測した。今回得られた結果は超伝導体における超高速電流操作の可能性を示しており、次世代ペタヘルツ技術への応用に繋がることも期待できる。多体効果を反映した電子のフェムト秒~アト秒ダイナミクスをさらに詳しく調べるための、アト秒分光システムの構築も進めた。複屈折結晶を利用した超精密光学系の試作と評価を繰り返し、現時点で、50アト秒を下回る分解能での時間軸掃引が可能なことを確認した。
2: おおむね順調に進展している
研究計画に沿って順調に進んでいるため。達成事項: 1) 強相関電子系の高調波発生分光のための実験系を整備した。2) 有機超伝導体κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Brを対象とした実験を行った。第二高調波発生の観測を通して、単一サイクルの近赤外強電場によって駆動されるフェムト秒スケールの電子の運動と超伝導ゆらぎとの関連を見出した。3) さらに高速な多体電子のアト秒ダイナミクスを観測するための超精密光学系の構築を進めた。光学系の試作と評価を繰り返し、現時点で、50アト秒以下の極めて高い時間分解能を達成している。新たな課題: 高次高調波の精密観測のためには、当初想定していたよりも広いダイナミックレンジや高いS/Nでの測定など、さらに進んだ実験技術が必要となることが明らかとなった。ただし、この状況は想定の範囲内であり、着実に対応を進めている。
本年度に実施した有機超伝導体を対象とした実験から、単一サイクル近赤外光による高調波を調べることで、固体中の電子の超高速な運動や多体効果に関する知見が得られることがわかった。次年度以降は、高温超伝導体(YBCO)や量子スピン液体物質(α-RuCl3)、ディラック半金属(Ir酸化物)、モット絶縁体(V2O3)などを対象に、高次高調波発生を系統的に調べる。並行して、実験用の光学系と技術の拡充も進める。具体的には、1) 高感度および高S/Nでの高調波観測技術の検討と検証、2) アト秒精度での時間領域分光のための実験系の構築を中心に進める。
研究が進むにつれて高次高調波の精密観測の必要性が出てきた。そこで、広いダイナミックレンジと高いS/Nの実現に向けて検出技術の拡充を図っている。実験系の設計と試作、事前評価に時間を割いたため、次年度使用額が生じた。ただし、設計と事前評価はおおむね完了しており、次年度早々に必要物品を揃えていく。
すべて 2021 2020 その他
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (6件) (うち招待講演 1件) 備考 (1件) 産業財産権 (2件)
Nature Communications
巻: 11 ページ: 4138
10.1038/s41467-020-17776-3
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2020/08/press20200819-01-peta.html