研究課題
強相関系物質の光誘起相転移現象は、光物性や非平衡物理の新しいトピックスとして、盛んに研究されている。また、この現象は、高効率・超高速に生じるものもあるため、将来の光スイッチングデバイスへの応用が期待されている。しかし、光子エネルギーの大きい可視光や近赤外光による励起を引き金として生じるため、必然的に系の温度上昇が生じる。その結果、基底状態への回復に数十ピコ秒の時間を要するため、光スイッチとしての高速性が失われる。この問題を解決するために、可視光よりも約三桁光子エネルギーが小さいテラヘルツパルスを用いて、温度上昇の効果を抑えることを考えた。本研究では、まず、これまでに構築したテラヘルツポンプ-光プローブ分光系にクライオスタットを導入することによって、4 Kから300 Kまでの温度における、テラヘルツパルス照射後の反射率スペクトル変化の測定を可能にした。クライオスタットの窓材によるテラヘルツパルスの電場強度の減少を抑えるため、窓材にはダイアモンドを用いた。これにより、低温においても2.5 MV/cmの電場強度を持つテラヘルツパルスを利用できるようになった。次に、電子と正孔がクーロン相互作用により励起子を形成することによって絶縁体化した励起子絶縁体Ta2NiSe5を対象として、テラヘルツポンプー光プローブ分光を行った。1.9 MV/cmのテラヘルツパルスを照射することによって、バンドギャップよりも低エネルギー側において、反射率が増加するドルーデ応答が現れた。反射率変化の大きさはテラヘルツ電場強度に対して閾値的であった。これらの結果から、テラヘルツパルスによる量子トンネル効果によってキャリアが生成したと考えられる。さらに、生成されたキャリアの遮蔽効果によって、励起子の吸収が低エネルギー側にシフトすることが分かった。
2: おおむね順調に進展している
クライオスタット中に於いて、目標である2 MV/cmを超えるテラヘルツ電場を利用できるポンプ-プローブ分光系の開発に成功した。また、測定系を励起子絶縁体に適用することによって、量子トンネル効果によるキャリア生成に成功した。そのため、当初の計画通り、おおむね順調に進展していると言える。
まず、テラヘルツパルスによる磁化の過渡的変化を調べるための、プローブ光の偏光回転を検出する時間分解磁気光学カー効果測定系を新たに構築する。次に、マンガン酸化物であるGd0.55Sr0.45MnO3を対象として、テラヘルツポンプ-光プローブ分光、及び、テラヘルツポンプ-磁気光学カー効果測定を行う。この物質は、低温で電荷秩序絶縁体になるが、電荷秩序の相関長が短いため、電荷秩序が壊れ易いことが知られている。実際に、この物質に可視フェムト秒パルスを照射することによって、電荷秩序が融解し光誘起絶縁体-金属転移が生じる。また、金属化をきっかけとして電子の遍歴性が復活し、二重交換相互作用により反強磁性-強磁性転移が生じることも明らかになっている。光照射によって、絶縁体-金属転移を生じるだけではなく、反強磁性-強磁性転移も同時に生じる物質は他に無い。本研究では、テラヘルツパルスによる量子トンネル効果によってキャリアを生成させ、反強磁性絶縁体-強磁性金属転移の実現を試みる。
すべて 2022 2021 その他
すべて 雑誌論文 (5件) (うち査読あり 5件、 オープンアクセス 4件) 学会発表 (12件) (うち国際学会 1件) 備考 (1件)
Journal of the Physical Society of Japan
巻: 91 ページ: 023701:1-5
10.7566/JPSJ.91.023701
Applied Physics Letters
巻: 120 ページ: 053302:1-7
10.1063/5.0073133
Communications Physics
巻: 5 ページ: 72:1-9
10.1038/s42005-022-00838-x
Physical Review Research
巻: 3 ページ: L042028:1-7
10.1103/PhysRevResearch.3.L042028
Physical Review B
巻: 104 ページ: 195148:1-14
10.1103/PhysRevB.104.195148
http://pete.k.u-tokyo.ac.jp/index.html