研究課題
フォノンホール効果とは、フォノンによって運ばれる熱流が、磁場下において横伝導を示す現象である。本課題で対象としている電子クラスターによるフォノンホール効果を計算するためには、電子系の角運動量変化とフォノンの運動量変化の両方を伴った共鳴散乱振幅を見積もる必要がある。これまで、テルビウムガリウムガーネットを用いた実験と理論構築を進めてきた。昨年度、J-PARCで中性子散乱実験を行い、結晶場励起が磁場によってエネルギーが増加することを見出した。結晶場が格子と相互作用すると、フォノンと結晶場励起の間でレベル反発が起こる。今年度は、フォノンホール効果の定量的評価を可能にするため、フォノンと結晶場励起の分裂を、偏極中性子とX線散乱を用いた測定を試みた。偏極非弾性中性子散乱実験を、Oak Ridge National LaboratoryのHIFR HB-1 PTAXを使用してリモートで実施した。強度の低下が予想されるため、従来試料の3倍ほどの大きさの試料を用いた。フォノン励起を観測することは出来たが、分裂を評価できるほどの明瞭なピークを観測することは出来なかった。リモートでの実験だったこともあり、原因を特定することが出来なかった。X線実験は、SPring-8のBL43LXUを使用して実施した。しかし、最初の実験期間では、磁場中測定に必要な試料台が故障したため、磁場下の測定を諦めざるを得なかった。そのため、温度を変えながらフォノンの測定を試みた。フォノンピークは見えたものの不明瞭だった。そこで、2度目の実験期間では、表面をエッチングした試料を用いた。その結果、極めて明瞭なフォノンピークを観測することが出来た。しかし、今度は冷凍機の不調のため、本来10Kにすべき温度が220Kまでしか下げることが出来なかった。また、試料台も不調だったため、結晶場とフォノンとの分裂を結論するには十分だった。ただ、試料表面をエッチングすることが極めて重要であることが分かった。
2: おおむね順調に進展している
本課題で対象としている電子クラスターによるフォノンホール効果を評価するためには、電子系の角運動量変化とフォノンの運動量変化を含んだ多数の共鳴散乱振幅を見積もる必要がある。このための一般的な定式化がまとまり、テルビウムガリウムガーネットを用いた実証実験を進めている。擬縮重したテルビウムの結晶場励起が、磁場と共に分裂する様子を観測することには成功した。この意味で、我々の提唱した模型の本質は正しいことが証明された。現在は、定量的な評価に向けた実験と計算を進めている。電子クラスターによる散乱振幅の解析的計算は概ね順調に進んでいる。数値計算結果と組み合わせて、簡潔な模型でのフォノンホール効果の計算が進展中である。
フォノンと結晶場励起の結合を見積もる実験に関しては、各装置担当者と相談しながら、磁場下における低温での測定を実現する。リモート実験だと問題点の解決が困難である。そこで、国内で再稼働した原子炉(JRR-3)での実験を申請して採択された。偏極中性子を用いた非弾性散乱実験によって、フォノンと結晶場の結合を研究する。また、一般化された散乱振幅の解析式を用いて、電子クラスターによるフォノンホール効果の計算を進める。六角形の中心に余分なサイトが加わった系のハバード模型を厳密対角化で解く。格子変位を加えて得られた波動関数を用いて、フォノンの共鳴散乱振幅を評価する。そして、電子クラスターによるフォノンホール効果の計算を行う。
当初計画において、令和3年度に参加予定だった会議がオンライン形式に変更になったり中止になったりした。購入を予定していた計算機が在庫不足や半導体不足による価格高騰のため購入を見送った。このため次年度使用額が生じた。次年度使用額は、令和4年度分経費と合わせて、令和4年度に開催予定の会議や、放射光施設での実験に係る旅費及び令和3年度の購入を見送った計算機の購入費用として使用する。
すべて 2022 2021
すべて 雑誌論文 (8件) (うち国際共著 2件、 査読あり 7件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (2件) (うち国際学会 1件、 招待講演 1件)
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