研究課題/領域番号 |
20K03812
|
研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
鍜治 怜奈 北海道大学, 工学研究院, 助教 (40640751)
|
研究分担者 |
足立 智 北海道大学, 工学研究院, 教授 (10221722)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
|
キーワード | 核スピン分極 / 核四極子効果 / 歪み印加デバイス / 時間分解ハンル測定 |
研究実績の概要 |
スピンノイズ・核磁気共鳴法(SNS-NMR)法の開発と核四極子相互作用(NQI)チューニングの実証に向けて,令和3年度は以下の成果を得た: 1)令和2年度はn-GaAsバルクで実験を進めたが,試料選択の幅を広げるためにn-AlGaAsバルク(Al濃度:15%)に注目した.まずは時間分解カー回転分光法(TRKR)を用いて,電子g因子とスピン緩和時間を評価した.次に斜め磁場配置のTRKR測定で光誘起核スピン分極(NSP)の有無を確認したところ,外部磁場を大きく上回る核磁場が形成されていることが分かった.また,TRKRパルスシーケンスの一部を変更して核磁場の形成・緩和時間を評価したところ,これら時定数がn-GaAsに比べて長いことが分かった(学会発表済み). 2)令和2年度に引き続き,歪みデバイスの作製を進めた.圧電素子で発生した歪みをナノピラー化した半導体試料に伝播させるために,ガラス成型機による熱圧着を試したが,発光効率の低下が問題となったため熱圧着条件の絞り込みは中断,透明レジスト材料(今回はHSQを使用)のスピンコートで固定する方法に切り替えた.その後,圧電素子の場所依存性やHSQのコート条件を調べることで,熱圧着過程を含まなくても量子ドット(QD)に外部歪みを伝播させることに成功した(学会発表済み). 3)NQIが光誘起NSPに与える影響を調べるため,単一QDの時間分解ハンル測定を実施した.これまでQDにおけるNQIの主軸は結晶成長軸と同軸と考えられてきたが,今回の実験結果から,NQIが面内成分を持つことが示唆された.これは自己集合QDで観測される巨大面内NSPの形成メカニズム解明につながる重要な発見であり,学術誌への投稿準備を進めている. 上記3点に加えて測定系の改良・整備にも着手したが,SNS信号取得には至らず,最終年度の課題として持ち越すことになった.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
SNSの信号取得に向けて,電気信号用の周波数フィルターや増幅器など検出回路に付与する素子の選定作業を進めてきた.バランス検出器やスペクトラムアナライザなど主要装置の周波数帯を吟味し,可能な限りノイズレベルが低い素子を導入したが,環境光や周辺機材から発生する電磁波ノイズの除去が不十分で,未だ信号取得に至っていない.一方,本光学系では使用していなかった無冷媒クライオスタットを改造して導入したことにより,長時間にわたり試料の温度と位置を安定的に保持できるようになった.このことは今後,信号積算時間の検討を含め実験を進める上で有用である. 現在のデバイス構造でも半導体に歪みを加えることができるが,同じデバイスを利用してもナノピラー毎に歪みの伝播量が異なることや,デバイス内部での歪み緩和によって伝播効率の低下がみられることが問題となり,現時点ではNQIチューニングの実証に至っていない.但し,デバイス作製の条件を模索する中で,半導体ナノピラーの形状(特に直径)や圧電素子表面の電極膜厚,デバイス表面のコート材料について改良の余地があるとの感触を得ている.これらは,令和4年度に実施する作業の指針となる. また,試料選定の一環として行ったn-AlGaAsでの光誘起NSPに関する実験結果は,予想以上に興味深いものであった.特に,外部磁場の3倍にも及ぶ強い核磁場が形成された点は特筆すべきである.要因としては,Al原子のランダム配列によって核スピン拡散によるNSP緩和プロセスが抑制されることや,核が感じる電場勾配の微視的な変化を介してNQIが変調されたことが考えられる.これらの知見は,NQIチューニングの実証において大いに役立つと期待できる. 年度始めに目標としていたSNS信号の検出は叶わなかったものの,令和4年度に活かせる知見を多く得たことから,「おおむね順調に進展している。」と判断した.
|
今後の研究の推進方策 |
研究最終年度である令和4年度は,本研究課題の目的を達成するために,以下の3項目に取り組む. 1)SNS信号の取得:背景ノイズを除去するための電磁波シールドの増設作業を進めつつ,微弱信号の増幅・積算方法について再考する.特に,信号積算時間や平均化処理の方法が重要になると考えられるため,注意深い検討が必要である. 2)n-AlGaAsにおける巨大核磁場形成メカニズムの解明:混晶化による影響を系統的に調べるために,Al濃度が異なる試料を3種類ほど追加し,NSP形成・緩和ダイナミクスを調査する.Al濃度の変化は,電子バンド構造の変化を介して実効的なg因子やスピン緩和時間の変化をもたらす一方,核スピン系に対してもスピン拡散レートやNQIの変調を与えることが予想される.上半期は定常発光測定およびTRKR測定を用いて基礎物性パラメータの収集に専念し,下半期からNSP形成・緩和時間の評価や,励起光強度や温度など実験パラメータに対する依存性を詳細に調べる.また,令和3年度までに蓄積してきた計算コード,および全光NMR法の測定スキルを最大限に活用する.n-AlGaAsにおけるNSPの報告例は非常に少ないため,新規物理現象の発見が十分に期待できる. 3)NQIチューニングの実証:歪み伝播の高効率化を目指しつつ,外部歪みによる光誘起NSPの変化を光学的に調べる.まずは現有する歪み印加デバイスを利用し,単一QDの磁気発光測定からNSPの形成を確認する.令和3年度までに,同試料における電子・正孔g因子評価には成功しているが,複雑な磁気発光スペクトルを解析するには,理論計算との比較が必要である.また,n-AlGaAsバルクにおけるNQIチューニングに取り組むために,試料の基板を研磨し圧電素子に接着したデバイスを試作する.
|