最終年度ではスピントロニクス素子の微視的理論の構築に向けた研究を着実に進めることができ、充実した一年間であった。まず、(1) d波超伝導体に対するスピンポンピングによるスピン励起スペクトロスコピー、(2) ビスマスにおける異方的ディラック電子系へのスピンポンピング理論、および(3) 擬二次元磁性体と金属の接合におけるスピンホール抵抗の量子モンテカルロ法による評価、(4) 二次元電子ガスへのスピンポンピングにおけるスピン緩和の影響について、理論構築を行い、実験提案や実験結果との比較を行った。さらに共通の理論基盤を利用して、(5) 量子ドット系における断熱条件と非断熱補正、(6) 連続測定環境下における2準位系を介した熱輸送、(7) グラフェンでの高次高調波発生におけるずり応力効果、(8) 冷却原子系におけるペアトンネル輸送過程のショットノイズによる直接検出法について、理論の構築を行った。特にPNAS Nexus誌に掲載された(8)の成果については、プレスリリースを行った。以上に加えて、現在投稿中もしくは投稿準備中の研究成果として、(9) スピン回転変換による浮上させた微粒子の高速回転とそのゆらぎの理論、(10) カーボンナノチューブおよびひねり二層グラフェンへのスピンポンピングの理論、(11) 固体中の曲率誘起スピン軌道相互作用の一般理論、(12) カーボンナノチューブの単一電子注入理論、がある。 研究期間全体を通じて、多様な物質でスピンポンピングや磁気抵抗の実験結果の理解を相当程度深めることができた。この成果により、今後も固体中でのスピン輸送現象や磁気回転効果の研究を発展させることができる理論基盤ができたと考えている。
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