研究課題/領域番号 |
20K03834
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研究機関 | 福井大学 |
研究代表者 |
菊池 彦光 福井大学, 学術研究院工学系部門, 教授 (50234191)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | スピンダイマー / 量子液晶 / 磁気的性質 |
研究実績の概要 |
従来の磁性体では電子スピンに起因する双極子的な磁気モーメントが秩序することで巨視的な磁性が発生する。最近、四つあるいはそれ以上の極から構成される多重極モーメントに基づいた新しい状態(量子液晶状態)が生じる事が指摘され、従来磁性体には見られない性質が生じる可能性が期待されている。量子液晶研究は、基礎分野のみならず、将来の量子力学応用技術においても重要な最先端研究分野であり、今後ますます広い領域に広がっていくと考えられる。量子液晶状態の一つであるスピンネマティック状態がスピン対(スピンダイマー)から構成される磁性体において実現する理論的可能性が示されているが、実験的検証はなされていない。本研究は、S=1スピンダイマー化合物Cs3V2Cl9および関連化合物を用いてスピンネマティック状態実現の実験的確証を得ることである。本化合物がネマティック相に対応する現実物質であることがわかれば、磁性研究全体に与える影響は非常に大きく、創造性がある研究成果が得られることが期待される。本研究の独自性は、スピンネマティック状態という新規な状態を現実物質において見いだす点にある。特に、スピンダイマー系磁性体においてネマティック相を見いだした例は全くない。我々はCs3V2Cl9の比熱を測定し、2温度における転移を観測し、高温側の転移がネマティック転移である可能性を示した。研究方法として、Cs3V2Cl9の良質な単結晶を合成し、スピン間の交換相互作用を決定し、得られた良質結晶を用いて、磁化率、磁化、比熱、強磁場磁化といった基本物性、核磁気共鳴、超音波分光測定による微視的測定を行う。スピンダイマー系におけるネマティック相の理論研究において世界的な成果をあげている国内の理論グループとの情報交換を通して、スピンネマティック状態の解明を目指す。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
まだ正確には決まっていないCs3V2Cl9のダイマー内交換相互作用、ダイマー間交換相互作用、単一イオン磁気異方性を定量的に決定するために最も確実な方法はできるだけ結晶構造が類似した非磁性化合物にV3+磁性イオンを希釈し多結晶を合成し、その磁化率等の測定結果からパラメータを評価することである。ホストとなる非磁性化合物としてCs3Y2Cl9に注目し、Cs3Y2Cl9合成およびV3+イオン希釈を試みた。まず、結晶合成に必要なブリッジマン結晶炉内の温度分布計測および温度調整装置の整備を行った。Cs3Y2Cl9単体の合成には成功したが、少量(1~10mol % )のV3+イオンを均一に希釈した良質結晶合成には至っていない。うまく希釈しない原因の一つとしてY3+のイオン半径(90pm)がV3+の半径(64pm;)よりも大きいことが考えられる。イオン半径がY3+よりもV3+により近い非磁性イオンとしてIn3+(イオン半径80pm;)からなるCs3In2Cl9への希釈を試み、合成条件を探索した結果、V3+イオンがある程度均一に希釈された試料が得られた。得られた試料の磁性測定は今後の課題である。 一方、相転移挙動に対する非磁性不純物の影響を知るために、磁性体Cs3V2Cl9に非磁性イオンY3+を希釈した試料(Cs3(V1-xYx)2Cl9;x=0.1,0.05)を合成して、磁性、比熱を測定した。不純物置換により、低温(約5K)で生じる反強磁性転移は、異常が小さくなるとともにわずかに低温へとシフトした。一方、不純物置換しない試料では、高温(約17K)において非常に大きな比熱異常が観測されていたが、わずか5%程度の不純物置換により比熱異常が全く観測されなくなった。ネマティック転移の可能性がある高温転移の非磁性不純物に対する敏感性は予想外の結果であり、今後更に詳しく調べる予定である。
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今後の研究の推進方策 |
研究の基本的方向性や計画は変更しない。非磁性ホスト化合物Cs3In2Cl9に磁性イオンV3+を置換した試料を合成し、磁化率、磁化測定を行い、測定結果と計算を比較して、交換相互作用を評価する。ネマティック転移の可能性がある高温転移が非磁性不純物に対して極めて敏感であることを見いだしたので、詳細を知るために不純物濃度を更に変えた試料を合成して、磁化率、比熱を測定して特性を明らかにする。試料評価には粉末X線回折を用いる。 以上の巨視的測定と平行して、微視的な測定を行う。Cs3V2Cl9に含まれるセシウムイオン核は存在比100%でしかも核スピンがゼロではないために、微視的情報が得られる核磁気共鳴(NMR)測定には最適な核である。133Cs-NMR測定を行い、NMRスペクトルならびに動的情報が得られるスピン‐格子緩和時間測定を行う。 研究遂行においては、複数のスタッフ、学生による共同作業が必要となる。作業においては、新型コロナウイルス感染症COVID-19に対する万全な感染対策を講じる。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初計画では、本年度の主な計画は単結晶試料作成および評価であった。対象とする結晶は潮解性が高いため、作業には大気を遮断した中での作業が行えるグローブボックスを用いる必要がある。また、結晶作成には石英管の真空封入が必要であるが、ガラス管の封入には熟練が必要である。このように試料作成には、作業に慣れたマンパワーが必要で、実地の作業が必要でありリモート作業は不可能である。しかしながら、本年前半は新型コロナウイルス感染症COVID-19のために、学生、教職員の構内立ち入りが困難であったため、十分な作業がおこなえず当初予定していた試料合成が行えなかった。また、当初予算には成果発表のための国内・国外旅費を組んでいたが、学会がすべてリモート開催となったため旅費は使用しなかった。これらの条件のために、次年度使用額が生じた。生じた次年度使用額を適切に使用して研究遂行をおこなっていく予定である。
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