研究課題
従来の磁性体では電子スピンに起因する双極子的な磁気モーメントが秩序することで巨視的な磁性が発生する。最近、四つあるいはそれ以上の極から校正され る多重極モーメントに基づいた新しい状態(量子液晶状態)が生じる事が指摘され、従来磁性体には見られない性質が生じる可能性が期待されている。量子液晶 研究は、基礎分野のみならず、将来の量子力学応用技術においても重要な最先端研究分野であり、今後ますます広い領域に広がっていくと考えられる。量子液晶 状態の一つであるスピンネマティック状態がスピン対(スピンダイマー)から構成される磁性体において実現する理論的可能性が示されているが、実験的検証は なされていない。本研究は、S=1スピンダイマー化合物Cs3V2Cl9および関連化合物を用いてスピンネマティック状態実現の実験的確証を得ることである。本化合 物がネマティック相に対応する現実物質であることがわかれば、磁性研究全体に与える影響は非常に大きく、創造性がある研究成果が得られることが期待され る。本研究の独自性は、スピンネマティック状態という新規な状態を現実物質において見いだす点にある。特に、スピンダイマー系磁性体においてネマティック 相を見いだした例は全くない。我々はCs3V2Cl9の比熱を測定し、2温度における転移を観測し、高温側の転移がネマティック転移である可能性を示した。研究方法として、Cs3V2Cl9の良質な単結晶を合成し、スピン間の交換相互作用を決定し、得られた良質結晶を用いて、磁化率、磁化、比熱、強磁場磁化といった基本物性、核磁気共鳴、超音波分光測定による微視的測定を行う。スピンダイマー系におけるネマティック相の理論研究において世界的な成果をあげている国内の理論 グループとの情報交換を通して、スピンネマティック状態の解明を目指す。
3: やや遅れている
Cs3V2Cl9単結晶作成に必要なブリッジマン結晶炉にトラブルが生じたため、Cs3V2Cl9ならびに非磁性不純物を希釈したCs3V2Cl9作成が計画通りにはいかなかった。結晶炉の作成、温度調節装置制御などが必要である。さらに、研究遂行の上で必要不可欠の装置である磁化測定装置(MPMS)が故障(経年劣化)し、8月から12月までの期間使用不可能になってしまった。そこで、ブリッジマン結晶炉再生に関する作業ならびにMPMS修理待ちと平行して、他のスピン系において、スピンネマティック状態が現れる可能性を検討した。幾何学的にスピンフラストレートした系におけるスピンネマティック状態の生起を研究するために、銅スピン(S=1/2)が磁性を担う磁性体である擬孔雀石Cu5(PO4)2(OH)4およびその関連物質の磁気的性質を調べた。本化合物は層状化合物で、層内に存在する銅スピンが三角形と五角形からなる非対称なフラストレートスピン格子を形成する。これまで本磁性体に関しては、磁気秩序はするものの非常に磁気揺らぎが大きい状態であることと、量子スピン磁性体特有の磁化プラトーを見いだしている。スピンネマティック状態が見られる可能性を探るため、従来よりもさらに強磁場までの磁化測定をパルス磁場を用いて測定し、これまでみられなかった新たな磁化プラトーが存在することを示唆する結果を得た。スピンネマティック状態との関連性については検討中である。得られた結果は低温国際会議(略称LT29;2022年8月,札幌)にて発表した。
2021年において問題となったブリッジマン結晶炉ならびに磁化測定装置の修理は完了したので、研究の基本的方向性や計画は基本的には変更しない。非磁性ホスト化合物Cs3In2Cl9に磁性イオンV3+を置換した試料を合成し、磁化率、磁化測定を行い、測定結果と計算を比較して、交換相互作用を評価する。ネマティック転移の可能性がある高温転移が非磁性不純物に対して極めて敏感であることを見いだしたので、詳細を知るために不純物濃度を更に変えた試料を合成して、磁化率、比熱を測定して特性を明らかにする。試料評価には粉末X線回折を用いる。 以上の巨視的測定と平行して、微視的な測定を行う。Cs3V2Cl9に含まれるセシウムイオン核は存在比100%でしかも核スピンがゼロではないために、微視的情報が得られる核磁気共鳴(NMR)測定には最適な核である。133Cs-NMR測定を行い、NMRスペクトルならびに動的情報が得られるスピン‐格子緩和時間測定を行う。 研究遂行においては、複数のスタッフ、学生による共同作業が必要となる。作業においては、新型コロナウイルス感染症COVID-19に対する万全な感染対策を講じる。
「現在までの進捗状況」にも記載したように、2021年度は研究遂行に必須な装置がいくつか故障で使えなかった。さらに、本研究では、ある程度熟練が必要な石英管の真空封入やグローブボックス(不活性雰囲気中で作業を行う装置)操作が必要であるが、新型コロナウイルス感染症COVID-19対策のため、実地作業の修練が十分行えず、当初予定していた試料合成作業が不完全にしか行えなかった。また、当初予算には成果発表のための国内・国外旅費を組んでいたが、リモートのみ開催の学会も依然として多く、旅費は当初予想よりも使用しなかった。これらの条件のために、次年度使用額が生じた。生じた次年度使用額を適切に使用して研究遂行をおこなっていく予定である。
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