研究課題/領域番号 |
20K03842
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研究機関 | 久留米工業大学 |
研究代表者 |
井野 明洋 久留米工業大学, 工学部, 教授 (60363040)
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研究分担者 |
岩澤 英明 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構, 関西光科学研究所 放射光科学研究センター, 主幹研究員(定常) (90514068)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | モット絶縁体 / フェルミ面 / 角度分解光電子分光 / 酸素量制御 |
研究実績の概要 |
層状ルテニウム酸化物Ca2RuO4は、外的刺激に敏感に反応するモット絶縁体で、新しい電子制御素子の開発の手がかりとして興味を集めています。しかし、Ca2RuO4の金属絶縁体転移を引き起こすフェルミ面がどのような形をしているのか、論争が続いています。本研究課題では、(1)角度分解光電子顕微分光、(2)高品質な単結晶の育成技術、(3)酸素量制御による金属化、の三つの戦略で現状を突破し、金属絶縁体転移を担う電子構造を解明することを目指しています。 令和2年度は、育成雰囲気の酸素分圧を上げることで過剰酸素を含むCa2RuO4+δの高品質単結晶を作製し、よく集光された軟X線放射光を励起光とする角度分解光電子顕微分光実験に挑戦しました。その結果、絶縁体のCa2RuO4に過剰酸素を導入すると金属的な電子状態が発生すること、そして、特定のバンドにおいて選択的にフェルミ面が出現することを、直接観測により実証しました。過剰酸素導入によって出現したフェルミ面は、その枚数や大きさの観点で、他の手法による金属化で報告されているフェルミ面とは異なっていました。これは、モット絶縁体から金属へ至る道筋は1つではなく、複数存在することを示唆しています。従来の報告とは異なるシンプルなフェルミ面の観測は、バンド選択的な金属絶縁体転移の研究を進展させる上で、酸素量の制御が有力な手段であることを示しています。また、Ca2RuO4を用いた電子制御素子への道を開くためには、過剰酸素量の制御技術を確立する必要があると思われます。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画では、過剰酸素を導入したCa2RuO+δ単結晶の育成と、そのバンド分散の直接観測を第一の目標に設定していました。結果的には、バンド分散に加えて、過剰酸素によって出現した金属状態を担うフェルミ面を観測することに成功し、実験で得られた電子構造について、詳細な分析をまとめることができました。得られた知見について、物理学会で口頭発表を行い、また、公表論文として出版することができました。第一の目標を、おおむね達成することができました。 得られた研究成果は、角度分解光電子分光法の顕微化が、ルテニウム酸化物の研究を進展させる突破口となりうることを示しているともに、研究計画と研究体制および実験装置の準備調整が有効に機能していることを裏づけます。 以上の事実をもとに、本研究計画は、おおむね順調に進展している、と自己評価しております。
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今後の研究の推進方策 |
令和2年度は、軟X線角度分解光電子顕微分光により、酸素量を制御したCaRuO+δの波数空間の全体像を明らかにすることに成功しました。しかし、フェルミ準位近傍の微細電子構造を決定するには、より低エネルギーな励起光を用いる必要があります。そこで、今後は、真空紫外角度分解光電子分光の顕微化に取り組み、過剰酸素により出現したCaRuO+δのフェルミ面近傍の準粒子構造の直接観測に挑戦します。 また、既に有効性が実証された軟X線角度分解光電子分光実験についても、顕微機能の高度化に取り組みます。具体的には、試料位置の制御と測定データ記録を統合処理するソフトウェアを開発し、試料表面を二次元的に走査して実空間画像を記録できるようにします。そして、CaRuO4の金属絶縁体転移を左右する不均一性の実像を明らかにします。 それから、複数の金属化手法の比較研究に着手します。具体的には、温度上昇によって生じる金属状態を観測するため、試料マニピュレータの温度の調節範囲を広げます。また、一軸性圧力を印加によって生じる金属状態できるようにするため、特殊試料ホルダを開発し、周辺機器を整備します。異なる手法で金属化したCa2RuO4の電子構造を実験的に観測して、Ca2RuO4の金属状態の普遍性と多様性を明らかにすることを目指します。 これらの取り組みで得られた知見を包括的に比較検討することによって、Ca2RuO4+δにおける金属絶縁体転移の制御の可能性を探ります。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初計画では、研究者の間の打ち合わせや、国内外の学術会議での研究発表や情報交換、さらに、共同利用放射光施設で実験を実施するための旅費を計上していました。しかしながら、新型コロナ感染症の流行に伴って、大学や研究所の間の移動が制限され、研究者間の打ち合わせは、リモートによるオンライン・ビデオ会議で実施することを強いられました。また、すべての学術会議がリモートによるオンライン開催に変更されたため、当該旅費の執行が困難になりました。さらにまた、共同利用放射光施設での実験も直接の参加人数を制限されたため、現地に対応できる研究者がいる場合は、リモート参加で実験を進める形に変更しました。このように、感染症の流行という不測の事態に対応するために、次年度使用額が発生しました。 次年度に回した金額は、感染症の流行状況に合わせて、旅費または共同研究実施を支える物品費(遠隔通信機材と実験消耗部品の費用)として使用する予定です。
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