研究課題
層状ルテニウム酸化物Ca2RuO4は、電流・圧力・温度・元素置換などの外的刺激に敏感に反応するモット絶縁体で、新しい電子制御素子開発の手がかりとして注目されています。しかし、Ca2RuO4の金属絶縁体転移を引き起こすフェルミ面の形状については、外的刺激の種類によって異なる結果が得られており、混乱が深まっています。本研究課題では、(1)角度分解光電子 "顕微" 分光、(2)高品質な単結晶育成、(3)酸素量制御による金属化、の三つの戦略で現状を突破し、金属絶縁体転移を担う電子構造を解明することを目指しています。当該年度は、過剰酸素を含むCa2RuO4+δの光電子顕微分光研究の励起光光源を、軟X線放射光から真空紫外放射光にまで広げました。真空紫外放射光を集光して微小結晶の劈開部分を選択的に測定することで、価電子帯スペクトルの温度変化が検出されており、実験データを分析した結果、温度上昇によって金属から絶縁体に転移するとともに、複数の価電子帯構造の急激なエネルギー・シフトが始まることが判明しました。この現象は、金属絶縁体転移によってエネルギー・ギャップが開き、スペクトルの重みが移動することに対応しています。さらに、パルス電場を用いることで大きな値の電気抵抗測定に道筋をつけ、Ca2RuO4の金属絶縁体転移温度の上下にわたる幅広い範囲で電気抵抗測定を行いました。また、Ca2RuO4+δの研究を進めるために整備した光電子分光の走査顕微機構を活用することで、微小結晶超伝導体ZrP2-xSexのフェルミ面の観測にも成功しました。
2: おおむね順調に進展している
本研究課題は、層状ルテニウム酸化物Ca2RuO4において多様な外的刺激によって引き起こされる金属絶縁体転移を担う電子構造の解明を目的とし、申請時の第一目標が過剰酸素を含む単結晶の育成とバンド分散の直接観測、第二目標が光電子分光実験の走査顕微化および軟X線放射光と真空紫外放射光の相補的活用による電子構造の解明でした。第一目標は、前年度のフェルミ面観測により達成されています。第二目標についても、当該年度におけるCa2RuO+δの真空紫外放射光光電子顕微分光実験によって、高エネルギー分解能実験への道筋をつけることができました。さらに、走査顕微技術の開発整備の波及効果として、ZrP2-xSexのフェルミ面の直接観測という想定以上の成果も得られました。一方、実験の制御軸を増やす取り組みについては、次年度に引き続き実施を進めることになりました。以上の進捗状況を総合して、本研究計画はおおむね順調に進展している、と自己評価しております。
本研究課題の推進により、Ca2RuO+δの酸素量を制御したときに出現するフェルミ面形状の概略が明らかになりました。同時に、外的刺激の種類によって金属化した電子状態の様相が異なることも示唆されました。そこで、Ca2RuO+δにおける金属絶縁体転移のしくみを、比熱や電気抵抗の結果とあわせて包括的に理解するため、最終年度に進める研究として次の2つの方向性を計画しています。(1) 光電子顕微分光の励起光光源を真空紫外・軟X線・硬X線の各領域の放射光に広げます。真空紫外放射光を用いた高分解能角度分解光電子分光により、波数空間における微細電子構造を調べます。硬X線放射光を用いたバルク敏感光電子分光により、試料表面からの深さによる電子構造の変化を調べます。(2) Ca2RuO4を金属化させるための制御軸として、酸素量と温度だけでなく、一軸性圧力印加への取り組みを続けます。一軸性圧力によって生じた金属相電子状態を過剰酸素の実験結果と比較することで、Ca2RuO4の金属化における四回対称性の役割について、手がかりが得られるものと期待されます。最終年度では、これらの取り組みで得られた知見を包括的に比較検討することによって、Ca2RuO4+δにおける金属絶縁体転移の制御の可能性を探ります。また、得られた研究成果を学術誌・学術会合・国際会議などで発信するとともに、積極的なアウトリーチ活動で社会に還元します。
当該年度の計画では、国内の学術会合や国際会議における成果発表と情報交換のための出張旅費を計上していました。しかしながら、日本における新型コロナ感染症の流行状況は激しく上下しました。最終的に学術会合の現地開催は中止され、その代わりにリモートによるオンライン・ビデオ会議形式での開催へと変更されました。また、国際会議については、海外への渡航が完全に制限されるともに、その一部は一年ほど開催が延期されました。これらの国内出張の中止と、国際会議の開催延期に対応するため、次年度使用額が発生しました。最終年度に回した金額は、感染症の流行状況に合わせて、旅費または研究計画の実施を支える物品費として使用する予定です。
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Physical Review B
巻: 105 ページ: 1-6
10.1103/PhysRevB.105.L121103
Physical Review Letters
巻: 127 ページ: 1-6
10.1103/PhysRevLett.127.217004