研究課題
本研究では対称性の複合的な破れに伴う新しい物性応答の起源としての奇パリティ磁気多極子秩序に着目し、その新しい物性をマクロな物性応答として検出することを目的とする。その実現のため、奇パリティ磁気多極子ドメインの可視化と、異方的な物性応答を利用したドメイン制御の2点について研究を進める。2020年度の成果として(1)MnTiO3における方向二色性の発見と(2)Ba3Fe2O5Cl2における電気磁気効果の発見が挙げられる。(1)マルチフェロイック物質では、光の入射する向きに依存して吸収係数が変化する方向二色性が現れる場合がある。この方向二色性が現れる条件として、「空間反転対称性と時間反転対称性が破れている」という制約があるため、これまでの研究ではマクロな磁化を持つ強磁性強誘電体や強磁性キラル磁性体などを対象として研究が行われてきた。一方で、可視光領域の光吸収の起源は主に遷移金属イオンの電子遷移であり、結晶構造は空間反転対称性を持っていたとしても、遷移金属イオンの配位子が反転対称性を持たなければ方向二色性は生じる。そのような観点からアキラルな構造を持つ反強磁性体であるMnTiO3を対象として研究を進めたところ、方向二色性が現れることを発見し、原著論文として報告した。この成果は方向二色性を示す物質の新しい探索指針になることが期待される。(2)これまでに報告されているマルチフェロイック物質の多くは室温以下の低温で動作するため、実際のデバイスとして用いることは難しい。このため高い磁気転移温度を持つことが多い鉄の化合物に着目し物質探索を進めたところ、564Kという高い磁気転移温度を持つBa3Fe2O5Cl2がマルチフェロイクスとしての特性を示すことを発見した。放射光X線や中性子線を用いた回折実験も行うことで、この物質の電気磁気結合の微視的な起源についても明らかにした。
3: やや遅れている
2020年度は研究代表者の異動による研究環境の変化と、新型コロナウィルス感染症の流行に伴う様々な制限により、予定していた多くの事柄については2021年度に持ち越す事になった。様々な制限の中で研究を進めていくために、2020年度は偏光顕微鏡を用いたその場観察測定系の構築と、電磁石を用いた低温磁場印加下での物性測定系の構築を主として遂行した。まず①奇パリティ磁気多極子ドメインの可視化のための測定系の構築については、偏光顕微鏡の回転ステージに液体窒素温度まで冷却可能な冷凍機を設置した測定系を構築した。今後はこの測定系を用いて簡易的な実験を進める予定である。また②異方的な物性応答を利用したドメイン制御とも関連して、この測定系の中に圧電セラミクスを設置し、応力印加下での物性測定とドメイン観察を行う予定である。本研究では外部施設を利用した実験を積極的に活用する予定だったが、今後の研究期間中は出張制限が厳しくなることが予想されるため、研究室内で物性測定を行える環境を作る必要性が発生した。このため、本研究費で新たに0.5テスラまで印加可能な電磁石を導入した。この電磁石と現在所有している冷凍機を組み合わせることで、研究室内でも比較的大きな磁場印加下での各種物性測定を行えるようになった。現状では予定からの遅れはあるものの、測定系の構築は着実に遂行している。今後はこれらの測定系を使用して研究目的を達成するための実験を進めていく。。
2020年度に構築した測定系を使って、物質ごとの実験を進めていく。まずは電気磁気効果を示す典型的な磁性誘電体であるCr2O3や、ハニカム構造を持つ反強磁性半導体CaMn2Bi2などの奇パリティ磁気多極子秩序を持つ候補物質を対象とし、非相反光学応答を利用してドメイン構造の可視化を行う。はじめに室温で測定が可能な磁性誘電体であるCr2O3を対象として、磁場と電場を同時に印加可能な測定試料を作成し、電場磁場印加実験に伴うドメイン構造の変化を観測する。次に積層圧電アクチュエーターを使用した圧力印加機構と光学測定を組み合わせて、一軸圧力下での光学測定を行う。光学測定は基本的には反射配置で行い、偏光回転の向きによってドメインを見分ける。はじめにシングルドメイン化した場合とマルチドメイン化した場合の光学スペクトルを測定し、それらの差が大きい波長の光を使ってCCD検出器を用いたイメージング測定を行う。光源は基本的にはハロゲンランプを分光器によって単色化したものを用いるが、必要な場合は半導体レーザーを用いる。得られた画像データを分析するプログラムを作成し、高速かつ高精度な測定を目指した測定系の改良も並行して進める。磁性誘電体のCr2O3における実験を行った後に、同様の測定系を用いて反強磁性半導体のCaMn2Bi2においても行う。半導体であることから、パルス電流印加測定を組み合わせることでEdelstein効果を利用した反強磁性位相の制御を試みる。
新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う予期せぬ各種の制限によって、予定していた通りの実験の遂行が困難であったため、次年度使用額が生じた。次年度分の助成金とあわせて、測定系の最終調整のための物品の購入に充てる予定である。
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