生体膜は脂質二分子膜にタンパク質や糖脂質,糖タンパク質などの機能性分子が埋め込まれた構造をとっている。生体機能は機能性分子の膜内拡散を通して制御されることから、細胞膜の流動性を決定する因子の特定が重要である。このため、脂質のみから成るモデル細胞膜を用いた膜粘度測定が盛んに行われてきた。しかし、細胞膜は表面から糖鎖などの高分子が伸びた複雑な構造を持つため、単純なモデル細胞膜を用いた測定では細胞膜の粘度を支配する要因の特定は困難であった。さらに、生きた細胞膜は細胞骨格の運動や細胞質流動などから常に力学的揺動を受けた非平衡状態にある。本研究では細胞膜の流動特性を支配する要因を明らかにするため、最近我々が開発した複雑な構造を持つ球状膜の粘度を評価する方法を用いて、膜から伸びる高分子の膜流動性への影響を調べた。さらに生きた細胞膜の粘度測定を行い、非平衡状態が膜流動性に及ぼす影響を調べた。 はじめに、細胞膜の流動性における糖鎖の影響を調べるため、脂質ベシクルにポリエチレングリコール(PEG)をグラフトし、PEGの密度を変化させて膜粘度を測定した。この結果、PEG密度を大きくすると膜粘度が数倍まで大きくなることが明らかになった。また、膜表面の結合水層内でのPEG鎖の摩擦の効果とPEG鎖同士の接触相互作用の効果を考慮した理論モデルによってこの結果が説明できることを明らかにした。さらに、生命として「眠っている」状態の未受精卵と「生きている」状態の受精直後の初期胚の流動性を調べ、初期胚のほうが流動性が高いことを明らかにした。この現象について、ホヤおよび線虫の初期胚双方で同じ結果が得られており、「生きている」非平衡状態と「眠っている」平衡状態での細胞膜の流動性の差異が動物種に関わらず見られることが示唆された。これらの研究成果は、細胞膜の流動特性を支配する要因の理解に新たな知見をもたらした。
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